それは圧倒的な力だった。意志や方向性など無く、ただそこに存在するだけの純粋な力。
この世界では遙か太古に廃れた魔法という技術は、ここではないどこかの世界で確実に発展し、技術が生み出した力は紆余曲折を経てこの世界に流れた。
だから例えその力が世界自体を壊してしまう程強力だったとしても、この世界の人類が危機として認識することもない。
誰もその危険性を理解せずに放置された力は、ただただ漂った。<Ruby><Rb>真白</Rb><Rt>ましろ</Rt></Ruby>なそれがこの世界の最もありふれた色に染まるのは必然だったのかも知れない。

即ち、対象のない欲望。

(な……もう実体化したのか!?)

力を追ってこの世界に訪れたユーノ・スクライアは、小さな仮の身体を起きあがらせた。
魔力は未だ回復していない。だが行かなければならなかった。何処とも知らぬ世界に転移したのも、その覚悟あってこそだ。
しかし実際の所、魔力の面も含めて疲労困憊だった。フェレットの身体は小さいため魔力消費は少ないが、魔法が使えない状態での戦闘能力など期待できるわけもない。
今更ながらに自分が考えなしで飛び出してきたことを実感させられた。家出程度の問題ではない。別の世界に来てしまっているのだ。
誰も頼ることはできないと理解していながらも、ユーノは孤独を感じずにはいられなかった。彼とて歳はなのは達とそう変わらない。自分の意志でやってきたとはいえ、のしかかるプレッシャーは相当なものだった。泣き出さないだけでも大した物かもしれない。

(なのは……)

ふとユーノの頭にその名が浮かんだ。

(僕のあんな弱い念波を感じとった時から普通じゃないとは思ったけど……近くで確かめたら凄かったな。僕なんか勝負にならない魔力量だ)

ユーノも魔法が全く普及していない世界で突然変異的に魔法の天才が生まれると聞いたことはある。なのははまさにその体現者だった。
元の世界でも比較的優秀と言われていたユーノでさえ感嘆せざるを得ない、それほどまでに圧倒的な魔力。魔法使いとしての才能は平行世界全体で見ても希有なものだ。
大いなる問題は性格にあった。可憐な容姿も憮然とした態度で台無しだし、魔力の方も、その能力を活かすつもりは微塵もない。それを数値として的確な表現をするならば、遙か古代インド、名もない先人の英知を借りる必要があった。

それ即ち「無」の極地、0だ。

もっとも容姿の方に関しては、なのはの意志ではどうにも出来ない超えられない壁が立ち塞がっていることを、ユーノはまだ知らなかった。

(あの<Ruby><Rb>娘</Rb><Rt>コ</Rt></Ruby>が協力してくれたら……)

考えられずにはいられない。このままでは優れた才能が埃を被ってしまう。
後はなのはに子供らしい向こう見ずな好奇心と、人並みの正義感があれば良かった。それは皮肉にも、なのはに一番欠けているモノだったが。

(……っ! ダメだダメだ! 僕がまいた種なんだ、自分で解決しなきゃ)

この自分を叱責少年の責任感と奉仕の精神の、ほんの少しさえなのはにあれば問題はすっぽり解決、うち立てられた旗は揺らぐことなくセオリーな展開を約束したらだろう。
しかし現実はユーノの都合など知ったことではないと、無情に宣告している。

(とにかく早く暴走を止めないと!)

ユーノは残留魔力量を計った。結果は案の定、全力とはほど遠い。
得意な束縛魔法の展開には事欠かないだろうが、同時に魔力を馬鹿食いするシーリングモードを発動できるかと言えば答えはノーだった。
つまり、シーリングモードは動く目標に対して発動しなければならないことになる。
それは困難なことであったが、やらなければならない事でもあった。
首にかけてある赤色の宝石を見つめる。

(頼むよ、レイジングハート)
『all light my master.stand by redy』

何も感情のこもっていない無機質な声は、焦りつつあったユーノにとって逆に心強かった。
力強く頷いて、決意を固める。

(アイツは今僕が持ってるジュエルシードでおびき出せるはずだ。後は人気のない場所で封印を……あれ?)

そしてユーノは気付く。

自分が動物用のケージの中にいることに。


がしゃ。

がしゃがしゃがしゃがしゃ。

がしゃんがしゃんがしゃん!

ユーノはフェレット(に酷似した動物)に変身している。当然、その身体能力もリアル指向だ。
そして現代冶金学の産物であるアルミニウムを主として組み立てられた檻は、当然その目的に見合った能力を有していた。
それ即ち、動物を逃がさないこと。

(で、出られない!!?)

ユーノ・スクライア。男性。推定九歳。相当の実力を有した結界魔術師。
少しアホなのが玉に傷。



***********************




「……ん」

男子とは思えないほど艶がかったうめき声を上げて、なのはは瞼を開いた。
ぼやけた視界が少しずつ明瞭になる。それに伴って曇った思考も晴れてきた。

「ずいぶん、寝ちゃったか」

ベットから起きあがり、机の上に置いた携帯の時刻を確認する。時刻は十時過ぎを示していた。
普段ならばこれからコンピューターに向かうところだが、今のなのはにそれだけの行動を起こす意欲はない。

(後はお風呂に入って――この際このまま寝てもいいか)

なのはは珍しく怠惰に引きずられながら、そのまま再びベットに身をゆだねる。


(なのは!!)
「うぇあ!?!」


突然の奇襲になのはは虚をつかれ、普段では考えられないような素っ頓狂な声を上げた。
それでもなのはが即時覚醒、腕を使って跳ね起き格闘術の型を構えられたのは、ひとえに父の教育の賜物だろう。以前学校でアリサが悪戯してきて瞬間的に組み伏せてしまい、その後泣かれながらボコボコに仕返しされたことは不慮の事故だ。
なのはは過去のトラウマと戦いながら部屋の中を見回した。が、誰もいない。念のために気配で探ってみたが、やはりこれといった反応は無かった。
考えてみればこの家には、あの父と兄がいる。不法侵入などしてきた日には強盗はおろか米国が誇る特殊部隊でも、訳が分からぬ間に全滅の憂き目にあうだろう。

「……幻聴?」
(なのは、聞こえる!?)
「これ……は……」

そして声の正体を悟ったなのはは、構えを解いてうなだれた。

(二度と巻き込まないとか言ったそばからこれなんだ)
(よ、よかった! 聞こえたんだね!?)

返答しなければ分からなかったのか。
なのはは舌を打ったが既に遅い。

(うんうん聞こえてるよ。私としてはなるだけ幻聴と思いたかったけどね。精神病が原因の幻聴ですってお医者さんに断言してしてもらった方がまだ嬉しいよ)
(だ、大丈夫だよ。君は正常だから)
(フォローありがとう。全然嬉しくない)

なのはの無碍な態度に、ユーノはケージの中で頬を引きつらせた。言っていることは大したことはないが、この他人を見下したような声が神経を逆撫でした。
しかしここで怒ってはダメだと自制する。元々忍耐力はある方だ。

(ちょっと助けt(駄目嫌断る断固として拒否する超弩級に興味がない本気でどうでもいい勝手にして影ながら応援しない骨ぐらいは拾ってあげない一人でやって巻き込まないでとにかくもう二度と話しかけないで)

圧倒的な言葉の奔流がユーノの頭を埋め尽くした。口を使わないが故の驚異的な速度である。
出鼻からワンツーストレートで真っ白に燃えかけたユーノだったが、何とか持ち直して頼み込む。

(お願いだよ! ケージから出られないんだ! これを開けてくれるだけでいいから、病院に来て! お願い!)
(……君、馬鹿でしょ)

不思議だ。なぜ心の声しか聞こえていない筈なのに、なのはの侮蔑と嘲笑の入り交じった見下す視線を感じるんだろう。
ユーノは頭の中のとある神経が臨界点まで刺激されるのを感じながらも、なんとか耐えきった。

(お願い、だ。このままじゃあの化け物がこの病院にやってきちゃうんだよ!)
(……化け物?)

なのはが反応した。これは手応えありかと期待しながら、ユーノはまくし立てる。

(そうなんだ! このままじゃこの病院とか周りの家が壊されちゃう!!)
(君はどうなる?)
(戦うつもりだけど……こんな狭い所じゃ逃げられないし、殺されるかも知れない)

ユーノはなるだけ深刻な雰囲気を交えて思念を送った。
砂漠に雪が降ったというぐらい信じられないことだが、なのはは自分のことを心配しているような言動だ。ここで自分の身の危険を訴えれば、いくらなのはでも情にほだされるかも知れない。
多少卑怯な気もしたが別に嘘ではないのだし、流石のユーノも自分の命がかかっているとなれば必死だった。

(ふーん)

なのはは伝えた。


<b>(じゃあ私の平穏な生活のために死んでね)</b>
(ありが……ってなぁぁぁぁのぉぉぉぉはぁぁぁああ!!!)


ユーノは叫びながら思った。
だめだコイツ、と。

(うるさいなぁ。なんなの一体?)
(なんでそこでYESじゃないの!? 何であからさまにフラグを叩き折るの!? 君は世界の法則に宣戦布告する気か!!?)
(私はこの日常があればそれでいいんだってば。なんでそんなあからさまな異常に首を突っ込まなきゃいけないの。前にも同じこと言ったのに、君は若年性アルツハイマーにでもかかってるの? とにかくこれ以上話すことはないから。じゃあね)

本当だったら即話すのを止めたい相手だったが、他に頼る相手がいない現状はどうにもならない。

(ああああちょっと待って、お願い、君だけが頼りなんだ!)
(じゃあ君の頼りは今この瞬間に全てなくなったね。ご愁傷様)
(ご愁傷様ってそんな!)
(とにかくこれ以上何言っても無駄だから。……あー、あー、あー……うん、わかってきた)
(……な、なにやってるの?)

なのははテレパシーの声で音程を作っていた。
テレパシーの魔法は擬似的な声色を作ることで通信の差別化を行っており、今ではその本人の声帯を模すのが通例となっている。そのためテレパシーでも声の様な物が聞こえるのだ。
そして声色があるということは音程の様な物もある。

限りなく嫌な予感に体中の毛が逆立った。

(いや、君が何時までも止めてくれないみたいだから、いい加減実力行使に出ようと思って。せーの――)
(実力? ね、ねえ、一体何をするつも)
(――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!)
(っうわぁぁぁぁあああ!!!)

頭の中を引っかき回すような大音量の超高音に、ユーノは反射的に念話を遮断した。
それでもしばらくの間余韻が続く。なかなか抜けない痛みに身体を悶えさせながら、ユーノは精神的に大ダメージを受けてケージの床に横たわった。
ぴくぴくと痙攣しながらも、鉄の根性で何とか意識を保つ。

(ま……さか、あんな手段にでるなん……て……)

ユーノが味わった地獄は、例えるならば黒板に爪を立てて引っ張るあの音を濃縮して倍増させた音を頭の中に直接叩き込まれた感じだった。
テレパシーに使う魔力を力業で倍増させ、ユーノの精神を攻撃したことになる。
単純だが効果的な攻撃だ。魔力さえある程度あれば児戯程度の難易度だったが、誰に教えられることもなくこんな方法を編み出したなのははやはりかなりの才能の持ち主だった。
だがその才能の使い方のベクトルがひん曲がりすぎている。藁をも掴む思いで願った協力は、逆にユーノを追いつめる形になった。

(頭が……割れる……)

強化型二日酔いとでも形容しようか、なんとも倦怠感をあおり立てる頭痛が収まるには、まだ少し時間がかかりそうだった。
しかしユーノの相手は、フェアプレー精神にのっとり快復を待つことなどしない。ジュエルシードの化身の気配は、頭痛の奥で徐々に大きくなっていく。

そして――

(来た……!)

ユーノの鼓膜が不気味な咆吼を捉えた。頭痛をこらえながら気休めばかりに身構える。本当なら防御魔法を展開しておきたいところだったが、封印に使用する魔力を考えると余裕はない。

そして直後、衝撃。


<b>ドォォォォオオオン!!!!</b>


視界が乱れ、重力の感覚が狂う。破砕音と金属音との狂乱の宴が部屋の中をかき乱し、ありとあらゆる物を破壊した。
ベット、カーテン、診察台。何一つ例外なく圧倒的な破壊の暴風に晒される。ユーノはそのケージごと空中に投げ出され、瓦礫の重なった床の上に転がった。

(痛っ……)

精神と身体、両方の苦痛を存分に味わうユーノの目に、部屋の惨状が飛び込んでくる。
辺りはもうもうと煙がたちこめ、清潔だった診療室はこの一瞬で廃墟と化していた。その煙の奥に揺らめく漆黒の獣。それがこの破壊の犯人だ。
ジュエルシードの力は流石の一言で、たかが思念体一つに攻性魔術師並みの力を持たせているらしい。

(正面から戦っても勝負にならない……とにかく隙を作らないと!)

幸いにもケージは先の攻撃で破壊され、ユーノが抜け出す隙間を作り出していた。小柄を活かしたフットワークで黒い獣の横を抜き去り、夜の街を駆ける。獣はその後を電信柱をなぎ倒し、道路を穿ちながら馬鹿正直に追ってきた。はた迷惑なことこの上ないが、獣に被害者の気持ちを考えるほどの知能も感情もない。

(このまま逃げ回っても被害が広がるし……どこかいい場所は……)

いくら考えてもそんな場所は浮かんでこなかった。土地勘など全く無いのだから当然だが、ここに来て再びなのはの協力を得られなかったことが悔やまれる。

(なのは? ……そうだ!)

ユーノは閃き、なのはの位置を再度確認した。あれほど膨大な魔力の持ち主だ。見つけるのにそう苦労はしない。
程なくして捉えたなのはの魔力は、都合のいいことにユーノからさほど遠くない地点に静止していた。




***********************




(なのは!)
(……まだ懲りてないの?)

なのははいい加減にしろと頭を抱えた。
先程テレパシーで思いっ切り叫ぶイメージを叩きつけたというのにまだ諦めないユーノのしつこさに、本格的に苛立ってくる
次はどうしてくれようか。
あの時すぐにテレパシーを切った事から、なのはもイメージの叩きつけの効果は分かっていた。
同じ手段をとるのは芸がないと思いながらも、なのはは他に方法を知らない。再びイメージの叩きつけを行うべくイメージを集中させる。
しかし途中で割り込んできたユーノの言葉に、なのはの集中は途切れた。

(化け物が街の中を走り回ってる。塀や電柱がどんどん壊されてるんだ。本当にこれで終わりにするから協力して!)

なのはは開いていた本を閉じベットから立ち上がると、カーテンを引いて窓を開けた。
耳を澄ますと重い物が落下したような音が断続的に聞こえてくる。
辺りは完全に日が落ち視界はゼロに等しかったが、逆に小さな光がぽつぽつと消えていく様はよく見えた。
光源は設置されている街灯だろう。それがこんな風に規則的に消えることは考えにくい。
物理的に破壊されているのでもなければ。

(分かったでしょ!? お願いだ、このままじゃ街が壊されちゃう!)
(……答えは変わらないよ。一人で頑張って)
(……そう言うと思ってたよ。でも、断るんなら僕にも考えがある)

今度はユーノが自分の意志でテレパシーを終わらせた。
最後の言葉にこもった妙な意志の強さに一抹の不安を覚える。しかし、なのはの周りにはなんら変化はなかった。
まさか本当は何でもないということはないだろうが……
そう言えばさっきから、あのどすんどすんという音が徐々に大きくなっているような――

「……まさか!!」

なのはは窓の外に身を乗り出した。外では変わらず破壊音が続き、街灯もどんどんその灯火を失っていく。
しかしよく見ると、街灯の消え方はまるで道を造るかのように、一つの方向に向かって伸び続けていた。
――なのはの家に向かって。

(どう、協力する気になった?)

タイミングを計ったようにテレパシーが再開された。

(今度こそ本当に脅しだね……そんなに切羽詰まってるの?)
(さっきからそう言ってるじゃないか! それでどうなの!! 協力するの、しないの!?)

ユーノの意志には鬼気迫るものがあった。
彼にもこれ以外に策はないのだろう。ここでもし断れば、後はもうどうしようもないはずだ。
なのはは振り返り、部屋の中に設置されたコンピューターを見つめた。
ほぼ全てがなのはのお手製で、それなりの裏ルートで手に入れた高性能なパーツを組み合わせた高性能機。現行のPCの数世代先の性能を持たせていた。その分当然お金と時間を費やしたものであり、何より、なのはには珍しく相当な愛着を抱いている品だ。

「……はぁ」

なのははため息を吐き、誰に向けてということもなく両手を上げた。

(分かったよ。協力するよ。すれば良いんでしょ)
(あ、ありがとう……!)
(お礼はいらない。それよりも私は何をすればいいの? この家に被害が出ることは絶対駄目だからね。というよりも被害が出た時点で君は私が潰してあげるから)
(分かってる。とりあえず人気のない場所を教えて。そこに誘導する!)

言われて、なのはは考えを巡らせた。
この町で人気のない場所などある程度限られている。ここからの距離も考えると、例の公園以外にありそうにない。

(君は私の位置を感知できるようだからね。説明は省くよ。私がこれから行く場所についてきて)

なのははユーノに伝えると、部屋を出てジャンプするように階段を一気に降り、数秒で玄関についた。こんな時間に外出など殆ど経験がない。ましてや両親に無断で外出など皆無だ。
今日はその第一回目となる。記念すべきか、唾棄すべきかはこの際無視しておこう。
帰ってきた時の両親の怒りを想像して気分を僅かに落ち込ませながら、なのはは勢いよく夜の闇の中に躍り出た。



***********************



全力疾走を行い、数分とかからず公園にたどり着いた。
アリサのお金でシュークリームを買い、顔にクリームをぶちまけられ、そしてユーノに出会い、脅された公園だ。
今日巻き込まれた一連の事件の元凶がここであり、戻ってきたことは皮肉と感じずにはいられない。
少しだけ上がった息を整えながら、なのはは足の裏から伝わってくる振動に神経をとがらせる。
まるで列車がやってくる線路のように、最初は小さかった揺れは徐々に大きくなっていく。やがて聴覚が直接その音を捉えた。

「来るか……ん?」

得体の知れない何かに身構えていたなのはの目に映ったのは、素早く動く小さな影だった。

(なのは!)
「ああ、君ね」

影は首に赤い宝石を下げたフェレット、ユーノだった。頭の中に響く声とのその外見の違和感がなかなかぬぐえない。
ユーノはなのはの足元によると、器用に直立の姿勢を取った。

「来てあげたよ。いや、引っ張り出された、だね。君もいい性格してるよね。まさかあそこで私の家に突っ込んでこようとするなんて。確かに脅しとしては効果的だったけど」
(そ、そんなこと言っても……ほら、あのままほっといたらこの街の人達が危なかったし)
「私もその街の人達なんだけど、そこんところは分かってるんだよね?」
(う……)

何も言い返せなくなったユーノはうつむいた。
確かになのはもこの街の一般人なのだ。例えどれだけ性格が歪んでいようとも、ユーノが守るべき側に立っている。
第一印象が最悪だったため、ユーノも強制的に協力させることを選んだが、もしなのはの性格が普通だったとすれば決して深く巻き込むようなことは無かっただろう。

「私の平穏を引っかき回しておいて、街の人を守る等とよく言えたものだね」

ユーノは完全に沈黙した。
なのはの意見はあまりに正しい。他の人間に迷惑をかけまいとわざわざ別の世界にまでやってきたのに、当の”他の人間”に協力を求めるしかなかった。本末転倒もいいところだ。

(……そうだよな。なのはにだってなのはの生活があったはずなのに、それを無理矢理巻き込んで……最低だ、僕)

今更どうしたところでこの状況が解決するわけではないが、それでも謝らなければならない。
ユーノは罪悪感に後ろ髪を引かれながら、弱々しい思念でなのはに語りかける。


(……なのは、ごめ)
「巻き込むなら私以外の誰かにして欲しかったよ……この街の人間がどうなっても知ったこっちゃないけど、私のコンピューターが危ないとなっては仕方がないしね。じゃあ、人気のない場所には案内したから私は帰るから」
<b>(マテヤ)</b>


コイツは全力で巻き込もう。ユーノは強く決意した。

「なんで。きちんと君の希望通りの場所に案内したでしょ」
(僕はもう殆ど魔力が残ってないんだ。僕だけで倒す自信がない。アイツを封印するのに協力してくれ、なのは)
「やだ」
(却下)
「カ、カウンター……!?」

今のユーノはひと味違った。

「だ、だけど私は封印なんてできな」
(大丈夫。なのはの魔力容量は膨大だから、このレイジングハートに任せれば問題なし)

ユーノは首からつり下げている赤色の宝石を見せた。
なのはにはそれが一体何なのか分からなかったが、話の脈絡上杖のようなものと推測した。
それは寸分違わず正解だったが、状況の打開にはこれっぽっちも役に立たない。

「呪文なんてしらな」
(大丈夫。術者が考えれば自動的に呪文生成をしてくれる優れものだから)
「な、なんて風情のない……ハリー・○ッターを見習え!」
(僕達の魔法は科学だからね。ファンタジーじゃないんだよ)

「これがファンタジーじゃないなら一体なに!?」なのはは突っ込んだが、ユーノはまともに取り合おうとしなかった。
そんなコントを演じている内に音はどんどん大きくなっていく。
身の危険を感じ始めたなのはは、遂に折れた。

「仕方がないか……わかったよ。どうすればいいの?」
(このレイジングハートを握って、意識を集中させて)

なのはは嫌々ながらもユーノから赤い宝石を受け取り、両手で包んで意識を向ける。
朝の修行とは対象が剣と宝石という違いがあったが、何の問題もなく深い集中状態に落ち着くことができた。
ユーノはその集中力に思わず息を飲んだ。神に祈るような格好で静止したなのははまるで美しい彫刻のようで、息をしているかも分からないような静けさを纏っていた。
レイジングハートがなのはの手の中で赤い輝きを放ち出す。

「……次は?」
(え? あ、ああうん、これから僕の言うことを続けて)
「分かった」
(我、使命を受けし者なり。契約の下、その力を解き放て。風は空に、星は天に。そして、不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート・セットアップ……どうしたの?)

数秒経っても一言も発しないなのはに訊ねる。
なのはは何とも微妙な顔を作った。

「臭い台詞だね」
(言うに事欠いてそれか!!?)

せっかくの静謐とした空気もどっちらけだった。輝きを放っていたレイジングハートは、もうただのガラス玉に戻っている。

「もっとマシな台詞はないの?」
(なんで起動キーを二つも設定しなきゃならないんだ! あるわけないだろ!?)
「甘いな。私のパソコンは三重キーだよ。それも三日置きに自動変更」
(君はスパイでもやってるの!? とにかく他に台詞はないんだからさっさと復唱して!!)

なのははあからさまに舌打ちをした。

「えーと……我、使命を受けさせられし者なり。契約の下、その力を解き放て。風は寒いし、星は曇り空で見えない。とりあえずこの手に魔法を」
(勝手に変えるな!!!)

いい加減にユーノはキレた。言葉も荒々しく怒鳴るユーノを「冗談だよ冗談」とあしらいながら、なのはは再び目を閉じた。
手の中に修まった宝石に意識を注ぐと、組んだ両手の間から赤い光が漏れ出す。

なのはは厳かに続けた。

「我、使命を受けし者なり。契約の下、その力を解き放て。


<b>……続きなんだっけ?</b>」

レイジングハートの輝きが電池切れの懐中電灯のように弱まった。

<b>(風は空に、星は天に!!)</b>
「ああ、それそれ……風は空に、星は天に。不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート・セットアップ。……これで何が起こるの?」
(すぐに始まるよ)

投げやりにユーノが答える。
何がと問い返そうとした瞬間、なのはの手の中で光が一層強まる。
そして赤いガラス質の表面に文字が浮かび上がった。

『stand by redy.set up』

同時に告げる無機質な声。驚きの声を上げる暇もなく、なのはは純白の光に包まれた。
その光の中でなのはの服は徐々に光と同化し、やがて光の粒子となって消え去る。
それとほぼ同時に別の何かが身体を覆い、新たな服を形作る。

「これは……」

光が解け視界を取り戻したなのはは、自分の身体を確認した。
白を基調としたその服は見覚えがあった。そう、通っている学校の制服に瓜二つだ。

(それがなのはのバリアジャケットだね。何をイメージしたの?)
「いや、私が通っている学校の制服だけど……」

なのはは腕を上げ、腰を捻り、そしてスカートの裾を持ち上げ、自分が来ている服を奇妙そうに見回した。
その様子にユーノが(ああ、服がどこから出てきたか不思議なの?)と説明を始める。

(理論から説明すると面倒だから省くけど、それが魔法だよ。普通の服に見えて防御力も高くなってる。なのはの服のイメージを元にして自動的にレイジングハートが作ってくれるんだ)
「いや、それは分かったんだけど……」

なのははひとしきり服を確認し終わると、心底不思議そうに訊ねた。


「なんでこれ、女子の制服なの?」


(……は? な、何言ってるのさ。なのはが女の子だからだろう?)


「君こそ何を言っているの? 私、男なんだけど」


(……)
「……」


直後に放たれたユーノの絶叫は、黒い獣が公園に着地した轟音でかき消された。






あとがき

これだけ書くのになんと六日もかかってしまった私はどう見ても遅筆です。本当にあr(ry

さて、今回なのはの口調に違和感を覚えた人は居るでしょうか?
それが正常です。意図的に口調を変更しました。
感想で「この口調のなのはでは違和感がある」とおっしゃられた方がいたのもありますが、書いている私自身非常に書きにくかったので、口調自体は原作なのはに非常に近いものになりました。
イメージ的には性格がクソひん曲がっているなのはです。
途中変更申し訳ありませんが、とりあえず一話の内に描写の密度やらを統一しようと思います。

どう見ても無計画です。本当n(ry

では、次回は戦闘となります。
さてさて、なのは君は無事に魔法を使えるんでしょうか。
テストを挟むので少し遅れるかも知れませんが、落胆しないように気楽にお待ち下さい。
ではノシ

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