(……なんなの?)
(またジュエルシードの反応があったんだ。どこかで実体化してる!)
(……それで?)
(それでって……た、助けてくれないかな、なんて……)
なのはは眉をひそめて頬を引きつらせた。
それが自分の言葉によるものだと思ったアリサは、予想外の反応に足をすくませる。
(こ、断られちゃう……?)
断るどころが話を聞いてすらいないのだが、ユーノの念話はなのはにしか聞こえていない。さしもの天才少女も魔法の才能にだけは恵まれていなかった。
しかしアリサはここで引き下がったままでいるような少女ではない。それは彼女の生来の気の強さでもあったが、恋する乙女の強さも大きかった。
アリサは「な、なのははあくまでしんゆ……ただの友達だもん!」なんて言って認めようとしないが、これに関しては自覚と無自覚で大差はない。
「な、なに嫌そうな顔してるのよ。私が誘ってあげてるんだから素直に頷きなさいよ」
普段ならここで反射的に頷いてしまうなのはは、しかしアリサの考えなど全く気付くこともなく、頭の中でユーノとの舌戦を繰り広げていた。
(何で私がユーノ君を助けなきゃいけないのか一ミクロンも理解できないんだけど)
(それは……その、もうコスチュームも決まっちゃったし、ここはいっそのこと魔女っ子になって……)
(人のことを脅して着させておいてそんなこと言えるなんて、別の意味で驚いちゃったよ)
(う……お願い! お願いします! 一生の願い!! 助けて!!)
(ねえユーノ君、フェレットの一生って大した価値もないんだけど)
(僕は元々人間だよ!)
(だったら人間に戻って自分でなんとかしてよ)
ますます悪くなっていくなのはの形相に、アリサは再び怖じ気づいた。
気が強いとは言え彼女も女の子だった。
だめ……ここで引いたら自分に言い聞かせるように言葉を繋ぐ。
「ねえ、無視しないでよ……」
口調は普段からは想像できいないほど弱々しかった。不安は隠しきれない。
そして我らがなのは君は、大きなお友達が見たら悶えて吐血してムチャシヤガッテと見送られる萌えシュチュエーションにことごとく気付いていなかった。
(自分で解決しなよ)
(無理だよ! 死んじゃうよ!!)
(死にはしない。
ねずに修行して鍛えてスーパーユーノ君になれば大丈夫。
よってたかってやってくる敵を倒すユーノ君。
ね? かっこいいでしょ?
ずうたいが小さくたって大丈夫。
ミクロマンだって強かったし。
がんばれがんばれユーノ君)
(……縦読みで本音が出てる!)
(ああもう、とにかく君がいくら言ってきても答えは変わらないからね!)
(ホントに、本当にお願い!)
そして不幸とは図らずも一点集中するものである。
「ねえなのは、聞いてるの?」
なのははユーノの話が鬱陶しかった。
本気で鬱陶しかった。
ぶっちゃけうざかった。
だから言ってしまったのだ。
念じるだけではなく、口に出してしまったのだ。
「うるさい」なんていう風に。
アリサが、固まった。
横で見守っていたすずかも、固まった。
空気の変化を感じ取った数人の生徒も、固まった。
ユーノは別の意味で、固まった。
「……ご、ごめんなのは。私ちょっと耳の調子が悪くてさ。なんて言ったか聞こえなかったよ。あはは」
アリサの脳が心を守るため、記憶の削除を実行する。が、
(そ、そんな殺生な!)
「聞こえなかった? うるさい。そんなふざけたこと言ってると本気で殺すよ?」
二度あることは三度ある。
「なの……は?」
(魔法少じ……少年とマスコットキャラは一蓮托生じゃないか! 最近はフェレットっぽいのを使い魔にしてる子供先生だっていることだし!!)
「冗談じゃない。君なんかと一緒に(あの世に)逝くなんて、超弩級にあり得ないよ」
「嘘……な、のは、冗談にも限度、って、ものが、あるんじゃ、ない?」
(君ってやつは……!!)
「何とでも言えば? 私は私の都合が第一なの」
アリサは唇をかみ締め、瞳いっぱいに涙をたたえていた。
もはや堤防は決壊寸前だ。
アリサは震える声で、何とか冷静を装う。
「別に……どうも言わないわよ。あんたにこんなこと言った私がバカだったわ。ごめん、あんたの都合も考えないで。もうつきまとわないから。それじゃ」
「あ、アリサちゃん!」
すずかの声も振り切って、アリサは鞄も持たずに教室を飛び出した。
彼女の走り去った後には、点々と涙の後が続いている。
「お、おい……修羅場だぜ」
「あのアリサを振ったよ……マジか?」
「さっきバニングスさん泣いてましたよ?」
「あいつら一年のころから仲良いと思ってたんだけどな」
「いやー、こりゃあ大ニュースだな」
「ねえねえ、今の見た?」
「うん。高町君、アリサちゃんと何かあったのかな?」
「わかんない。昼間は仲良くご飯食べてたけど……」
「でもあんなひどいこと言うなんて、ちょっと幻滅かな」
「そっかな? クールななのは君も格好いいし、それにこれでフリーじゃない?」
物音一つなかった教室は、すぐに喧噪に沸いた。
年齢性別を問わず、人間というのは色恋沙汰が好物だ。
男子はいつもからは想像できないなのはの言動に、女子はなのはがフリーになったことに、それぞれ話の花を咲かせた。
<i>「みんな、ちょっと静かにしてくれるかな?」</i>
―――そして、世界が凍った。
「ヒッ……!?」
クラスの中に息をのむ声が数人分響く。
それを聞いた誰もが、声が自分のものではないと言う確信がなかった。
声を上げなかった生徒とて、あまりの恐怖に声も発することが出来なかっただけだ。
中心にいたのは、すずか―――否、すずかという名を持った鬼だった。
絶対零度の中心に佇む威容は、正に氷の女王。
これが只の小学三年生の少女だと告げられて誰が信じるのだろうか?
それが魔法を知る世界の住人ならば、彼らはこう答えるだろう。
―――アレは魔女だ、と。
もはや宇宙共和国を手玉に取る暗黒卿ですら諸手をあげてかしずく、あまりに圧倒的な闇の権化。
宇宙規模の恐怖が進行しているなど露知らず、なのはは念話を続ける。
いや、すずかは意図的にそのプレッシャーを、なのはに向けてだけはカットしていた。
その理由は、直視できないほど冷え切ったすずかの目が物語っている。
気絶すら、生ぬるい。
「ねえなのは、言い訳はある?」
(この町の神社なんだ。そこに実体を持った暴走体が出現してるんだよ!)
「しつこい。いい? 知 っ た こ と じ ゃ な い。分かった? Do you understand?」
(っ……わかった)
「ふー。やっと終わったよ……それでアリサ、さっきなんて言って……あれ、すずかちゃん、アリサちゃんは?」
いつの間にかいなくなったアリサに首を傾げるなのは。
しかしすずかは不気味なほど静かににこにこ笑うだけで、一向に答えようとしない。
「すずかちゃん?」
「なのは、言い訳はそれで終わり?」
そこでなのははやっと気付いた。
すずかが自分のことを”なのは”と呼んでいることに。
それはイコール、悪魔の光臨を意味する。
「いや、すずかちゃん? 一体何が……」
なのはの認識からすずかという存在が消え去った。
姿、音、そのどちらも捉えることが出来ない。
ただ、昨日の暴走体などとは比較することすらおこがましいほど強く、純粋な殺気がなのはを撫でた。
全身に鳥肌が立つ。なのはの本能が全力でブザーを鳴らした。
”これ”は危険だ。
衝撃。
「っご……!」
肋骨と肋骨の隙間、鳩尾と名付けられた急所に信じられない重さを纏った一撃が襲った。
肺の中の空気が一気に抜け、衝撃は貫通して背骨まで達し、痛みを超えたダメージを伝えてくる。
足から力が抜け、なのははそのままリノリウムの床に崩れた。
息が出来ない、酸素が足りない。本当は今すぐ逃げ出したいのに平衡感覚が狂って歩くことも出来ない。
すずかはゆっくりと、もはや獲物は仕留めたといわんばかりの余裕を持って、右手で静かになのはの襟を掴み上げ、空いた手で窓を開いた。
「少し外で頭を冷やしてきなさい」
「すずかちゃ……待っドォッ!」
回る。回る。なのはは回る。町並みと青空が交互に視界を占有していく。
あはは、地球って丸いんだ。こんなちっぽけな星に私たちは暮らしてるんだ。
ある種の悟りは開いたものの、なのはのピンチの解決には何の役にも立ちそうになかった。
意識はあれほどの衝撃を受けたのに妙にはっきりしている。
そう言えばすずかちゃん「死刑制度なんて甘いよね。どうせなら拷問して自分から死にたいって言うまで痛めつければ良いんだよ」とか言ってたことがあったな。つまりあれだろうな、このいつ落ちるか分からない恐怖感を存分に味わってくださいっていうサービスなんだろうな。
なのははその効果が非常に高いことを身をもって味わっている。すずかの狙いは的中だった。
なのはにとっては恐ろしくありがたくない話であったが。
「飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、飛んで飛んで飛んで、回って回って回ってまわ〜る〜♪」
……人、それを現実逃避と言う。
――――――――――――――――――――――――――――――
(うわぁ!)
フェレットの小さな体が跳ねた。
小さな瞳でジュエルシードの化身を睨む。
(やっぱり実体を持つと強さも段違いだ……)
長い階段の上、特に大きくもない神社。ユーノの敵はそこにいた。
一見して昨晩のものと大差ないかに思われたその暴走体は、外見以外は似てもにつかないということを思い知ったばかりだ。
散歩中の飼い犬か何かが実体となっているのだろう、暴走体はまるで巨大な黒犬だった。
近くの鳥居には飼い主とおぼしき女性が倒れている。ただ気絶しているだけなのはさっき確認して置いたが、このまま暴走体が暴れれば命の保証はなかった。
「グゥォオオオオオ!!」
しかし強い。今回の暴走体は戦闘に限るならばそれなりの知能はある。
攻撃の危険性を判断し、先読みし、回避する程度の知能はあった。戦況は芳しくない。
(変身魔法を解ければ……)
本来のユーノの体に戻れれば、ちゃんとした攻撃魔法も使用できる。
なのはが持っていくことをがんとして認めなかったことが幸いして、レイジングハートはユーノの首にかかっている。
だが治癒に大半の魔力を回しているユーノにとって、人間形態の魔力消費量は深刻な問題だ。
攻撃が可能になったとして、スタミナ切れで戦闘不能など笑えない冗談だ。
(でもこのままじゃじり貧だし……)
ならばいっそ、まだ余力がある今のうちに勝負をかける。
ユーノが変身魔法の解除の為に意識を集中したその時、
「……ぁぁぁああああああああ!!!」
(な、なんだ!?)
空から何かが落下してきた。
物体はすさまじい速度で地面に激突し、周囲の地面が崩れ、隆起と地割れを引き起こす。
暴走体は不幸にもその巻き添えになって地面に飲み込まれる。
あまりに突然の出来事に呆然としてたユーノの目の前で、落下物は土の中から這いだしてきた。
「いたい……っていうか死んじゃう……足が……骨が折れる……」
ぼろぼろの格好で這いだしてきたのは、ユーノの見知った顔。
(なのは!?)
「ユーノ、君? どうしてこんなところに……」
(なのはこそどうして……)
「ちょっと強制的に人間大砲のまねごとをさせられてね……それよりもここはどこ?」
辺りを見回したなのはの目線が、真っ赤な鳥居に引っかかる。
「神社?」
なのはは学校から神社までの距離を思い出してみた。
大体直線距離でも1km以上はあるだろう。
十秒以上浮いていたが、確かにこれだけの距離を飛んだならば納得だ。
これだけの距離を飛ばしたすずかに対しては、疑問を抱かない方が吉だろう。今度は宇宙の彼方に飛ばされかねない。いや、言葉のあやではなく。
「待てよ、ユーノ君がここにいるってことは……」
(なのは、上だ!)
「上?」
見上げると、そこには真っ黒な足の裏。
「うえあ!?」
慌てて立ち上がり走ったなのはの背後で、地響きが起こった。
振り返ると、犬の形をした真っ黒な影がなのはを見下ろしている。
「な、何これ!?」
(さっき言った暴走体だよ! 犬を核としてとりこんだジュエルシードの暴走体だ!)
「ってつまり、昨日のと同じやつ?」
(いや……昨日のよりもっと強いやつ)
「強いって……うわわわ!」
しゃがみ込んだなのはの頭上を、風切り音をたてて暴走体の爪が通り過ぎた。
確かにその速度は昨日の暴走体より早い。
「ううぅ、なんで私こんなに運が悪いの……?」
空高く吹き飛ばされることは、そんなに珍しいことでもない。
かの有名なばい菌の王者を初めとして、ポケットに入る怪獣を使って悪事をたくらむ組織の下っ端とか、日が当たる女子寮の管理人とか、先例は数多い。
だが落下したところに魔法の暴走で生まれた化け物がいたなんてことはあるだろうか? 否、断じて否。
地面に人型の穴が開いたり、露天風呂に落ちて剣道が得意な女子高生の入浴に遭遇しもう一度吹っ飛ばされたりがせいぜいだろう。
なのに何で私だけこんな目に? 神様、私何か悪いことしましたか? なのはは思いを馳せる。
……思い当たりがありすぎた。
頭を抱えたなのはは、やがて自分に向けられた視線に気付く。
(なのは……君のこと勘違いしてたよ。ちゃんと助けに来てくれたんだね?)
「何でそうなるの! これはただの事故、私もう帰る!」
(無理だよ。今周辺に結界張ったから、外からも入れないし中からも出られない)
「私が落ちてくる前に張っといてよ!! ……うわっ!?」
再び飛んできた暴走体の攻撃に、なのはは間合いをとって回避。
改めてその暴走体と正面から見つめ合うと、どうやらやる気は満々なようだった。
(なのは、レイジングハートを!)
「……っ、分かったよ!」
なのはは足下に寄ってきたユーノからレイジングハートを受け取った。
昨晩は集中しなければ起動しなかったが、今度は触ると同時に光を放ち始める。
「ユーノ君、この杖って自動学習機能あるの?」
(え? う、うん。それがインテリジェントデバイスの特性の一つだから)
「そっか。どうりで立ち上げが早いと思った」
なのはそのまま呪文を唱えようとして、ちょっとしたことを思いついた。
手の中で光っているレイジングハートに向かって尋ねる。
「レイジングハート、バリアジャケットの装着の呪文詠唱をそっちで処理できる? Yes,Noで答えて」
『Yes』
「分かった。だったら任せる」
命令を受ければレイジングハートの反応は早い。
一瞬でなのはの全身を光の帯が包み、それが解けた時にはバリアジャケットがなのはを包んでいた。
AIの優秀さに舌を巻いて、なのはは思わず笑顔を作る。
しかし肝心のバリアジャケットを見下ろすと、その笑顔はあっけなく憂鬱そうな顔に変わった。
「またこれか……」
(し、仕方ないよ。もう設定されちゃったし……)
バリアジャケットは前のものと変わりなく、どう考えても女の子向けのデザインだ。
「変更できないの?」
(出来ないこともないけど、難しいよ。IDとパスワードを兼ねてるから、直接プログラムの書き換えをしないと……)
「……妥協するよ。どうせ今回で最後だし」
ユーノは似合ってるからいいじゃないとフォローをしようと考えて、止めた。
そんなことを口にしたら暴走体よりも優先的に狙われることになりそうだ。
「そういえばユーノ君、実体があるとかなんとか言ってたよね?」
(うん。あの暴走体の場合は子犬が実体になってるみたいだ)
「実体があるとないとで違いは?」
(実体がある方がもちろん強い。それに実体の持ってる特性が現れる。あの暴走体に知能があったり爪があったりするのはそのせいだよ)
「……つまり、前のより強いってこと?」
ユーノが答える間もなく、暴走体が突っ込んできた。
前の暴走体のようにただ漫然としたものではなく、野生の狼を思わせるしなやかな動き。
「うわっ!」
なのはは反復横飛びの要領で回避する。
だが暴走体はそれを見越していたかのように前足でスピードを殺すと、再びなのはに狙いを定めて加速した。
「なっ……!」
動きは遅いだろうと油断していたなのはに、黒い巨体が襲いかかる。
『protection』
「ギャウッ!?」
寸前、なのはを守るように桜色の魔法陣が展開した。
思わぬ障害物に鼻頭から激突した暴走体は悲鳴を上げて飛び退く。
「レイジングハート……君が?」
『Yes,my master』
赤い宝石部分が点滅した。
昨晩は数秒持ちこたえることしか出来なかったバリアも、レイジングハートの自己修復能力によって本来の効力を取り戻していた。
「ありがと……油断してたよ」
『No problem』
「さて、と」
レイジングハートの先を暴走体に向ける。
知能、スピードは明らかに向上していた。だがそれ自体は大した問題ではない。余裕を持ってかわすことは出来たし、レイジングハートのバリアの方が強固だから攻撃が当たったところで大した意味はないだろう。
しかし問題がないわけでもない。
「ユーノ君、あの黒い奴を傷付けたら子犬はどうなるかな」
(直接ダメージは通らないけど、ダメージは受けるだろうね。それに今回の場合実体が貧弱だし、下手をすると……)
「どうすればいいの?」
(魔法攻撃は基本的に相手の魔力的なダメージしか与えない。それだけで攻撃すれば、最悪でもちょっと衰弱するくらいですむよ)
「そんなこと言ったって、私魔法なんか使えないんだけど……」
(レイジングハートが補助をしてくれる。防御の時みたいに頭の中でイメージすればいけるよ)
「……不安だな」
なのはの脳裏に昨晩の悲劇が甦る。
既に一度裏切られている力に、自分の命をかけていいものか。
素手の右手で拳を作る。何よりも信用できる確かな手応えが、そこにはあった。
「やっぱり格闘戦で弱らせてから……」
(格闘戦って……あんなことやったら死ぬに決まってるだろう!?)
「大丈夫だよ。ちょっと空中に浮かせるだけだから」
(足が地面にめり込むようなアッパーをちょっととは言わないよ!!)
むぅ、となのはは厳しい顔つきでユーノを見下ろした。
「戦いに犠牲はつきものだよ、ユーノ君」
(そ、それは……)
あの肉弾戦での強さを身につける過程で養ったのだろう。なのはの言葉は年齢と外見に不相応なほど重い説得力があった。
犠牲のない戦いがないのは事実だ。
昨日もけが人は出していないものの、街灯数十本と壁の崩壊、道路の陥没、そしてなによりなのはの平穏という犠牲を払って勝利している。
それでも軽く容認できるほど、ユーノは割り切れていなかった。
「気持ちは分からないでもないけどね。私だって確実で子犬も無事な手段があるんならそれを……」
その時なのはがポンと手を叩く。
「ねえ、ユーノ君。いい方法思いついたよ!」
(ほ、本当!?)
「うん。……でも、ユーノ君に少し協力して貰わなきゃいけないんだけど……」
だめかな? と、潤んだ目でなのはが問いかけてくる。
少し血気盛んな青年ならそのまま理性を失いそうな可憐さに、ユーノのテンションも上がる。
(もちろん! ボクに出来ることなら何でも言ってよ!)
「あ、ありがとうユーノ君!」
まるで花が咲いたようななのはの笑顔。
ユーノは涙した。
これだ。これだよ。これが魔女っ娘なんだ……!!
「じゃあ、さっそくだけどユーノ君」
そういう訳だから、ちょっとごめんね?
なのはは顔に笑顔を貼り付けたまましゃがみ込み、ユーノの身体を鷲掴みにした。
「そう、犠牲はつきものなんだよ、ユーノ君。」
(え? なに、どういうこと?)
何で自分が掴み上げられなければいけないのか事情が飲み込めないユーノに対し、なのはは不気味なほど生き生きとした笑顔を向けてから大きく振りかぶって……
(ちょ、なのは!? 一体なにするつも……)
「悲しいけど、これって戦いなのよ……ね!!」
投げた。
それはもう、豪快に。
(うわぁあああああ!?)
見事なコントロールによって放たれた弾丸は、迷いなく一直線に暴走体の方に向かっていく。
命の危機にユーノの神経が限界まで研ぎ澄まされ、黒い巨体がスローカメラのように徐々に近付いてくるのが分かった。
(プ、プロテクション!!)
体中から魔力をかき集め、すんでの所で障壁を展開することに成功する。
「グオォォォオアアア!!!」
(ひぃぃぃいいい!!?)
殆ど顔が鼻先がくっつくような近距離で、過剰な大きさの犬歯がむき出しにされた。
ユーノとの大きさの違いが恐怖を助長する。
しかしユーノの全身全霊をかけた障壁は普段とは比べ物にならない性能を発揮した。暴走体が口を大びらきにして牙を突き立ててくるがびくともしない。
(た、助かっ……なのは!?)
だがユーノに心を休める暇はなかった。ほぼ同じタイミングで背後に魔力の集中を感じ取ったのだ。
「シーリングモードに移行。ターゲット、ジュエルシード・シリアル16」
笑っている。嬉しそうに笑っている。トテモウレシソウニワラッテイル……!!!
あの表情は躊躇などしていない。一石二鳥でうれしいなと顔に書いてある。
ユーノは一縷の望みをかけてレイジングハートを見た。
デバイスが術者の命令に逆らう。そんな筈はないということを、元のマスターとして十分分かっている筈なのに。
『receipt number XVI.』
忠実に自分の役割を果たすレイジングハートの声で、ユーノの希望は無惨に叩き折られた。
辺りを、光が覆う……