「魔法?」
(魔法!?)

ユーノとなのはは図らずして同じ考えに至った。
そう、今の攻撃は魔法だ。ならばそれを放った魔導師がどこかにいる。サーチングをはじめようとしたなのははすぐにその必要がないことを知った。
弾道をたどると射撃手はすぐに見つけることができた。電信柱の上にすっと立っていた。隠れるつもりはないらしい。

「……」

黒を基調とした薄手の服に、いや、薄手というよりも水着と言った方がしっくりくるが、とにかく明らかに普通ではない服に真っ黒のマントを羽織った少女だった。人種はヨーロッパ系のようで、金色の長髪を左右にリボンで括っている。
金属質の武器らしきものを手に、怜悧な瞳でこちらを見据えていた。

(魔導師……なのはと同系のインテリジェントデバイス使いだ)

ぼんやりとした予想をユーノの言葉が確証に変えた。なんとなくあの武器にレイジングハートと似た感覚を受けていたのだ。どうやら自分は知らないうちに魔導師を直感で判別できる能力を身に付けたらしい。
ああだめだ、どんどん染まってきてる。
人間に適応能力を与えた神様に恨み言をぶつけつつ黒い少女と視線を交ぜあわせる。ちなみになのはは無神論者だ。

「……」

少女は無言で攻撃を再開した。今度は三連撃。図体があまりに大きすぎる子猫に避けろというのは無理な話だった。3発全てが命中し、子猫は苦悶の泣き声を上げる。
しかし少女の攻撃は休まるところを知らなかった。更に2発が放たれる。

「ちっ……!」

なのはは舌打ちして飛翔すると、まず足を狙った攻撃をバリアで受け止めた。きちんと魔法での防御をすればそれほど強力な攻撃でもなかったようですぐに霧散する。攻撃の無力化を確認すると首を狙ったもう一方の射線にも割り込んだ。こちらもなのはのバリアに接触すると雪玉のように崩れて消えた。
なのははすぐに後悔の念に襲われた。いくら巻き込まれただけの子猫が苦しむ姿を見たくなかったとは言え軽率な行動だった。こんなあからさまな妨害をすれば、黒い少女はなのはを障害と認識するだろう。

「……あなたも……を……集め……」

少女がぼそぼそと何かを言った。距離もあって聞き取れはしなかったが親善の挨拶でないことは確かだ。雰囲気から推測するとむしろ逆、案の定黒い少女は敵意に近いものを向けてきている。

「……」

彼女のインテリジェントデバイスはわずかに形を変えると、先から光の刃を生み出した。かろうじて残っていたデバイス=杖としての印象は跡形もなく消え去った。それはどこをどう見ても死神その他愛用の武器、鎌にしか見えない。
近接戦闘用の武器に姿を変えたデバイスを構えた少女は電信柱から”飛ぶ”と、重力の加速度そのままに切りかかってきた。
そうだよね、鎌に切るか刈るか以外に使い方なんてないもんね。
なのははやけっぱちになりつつレイジングハートでその攻撃を受け止めた。耳元に光の刃が近づく。映画のようにヴオンヴオン音はたてないようだ。

(……え、なに、うわ!?)
「ユーノ君、うるさい!」

急な攻防に情けなくも狼狽するユーノを切って捨て、なのはは少女を真正面から見据えた。
すずかとアリサで美少女予防接種を済ませたなのはからみてもかなりの美少女であることはすぐに分かった。にこりと笑顔を向けられたならば顔を赤くしても誰も文句は言えないだろう。
もっとも光の鎌で切りつけられるというふざけた状況に美少女もなにも関係あったものではない。

「いきなり攻撃してくるなんて、ちょっとひどいんじゃないかな? できれば訳なんかを……」

戦闘開始してもよかったが少女の実力が未知数な以上危うさがつきまとう。ともかくまずは会話から始めてみることにした。英語と日本語どっちで話しかければいいのか迷ったが、とりあえず日本語を選択する。

「……答えても多分、意味がない」

通じはしたが会話終了。ちょっと泣きたくなった。
だがここでくじけるなのはではない。伊達に理不尽の塊のアリサと友達をやってるわけではないのだ。時折不機嫌になっては一切口を利いてくれなくなる彼女の相手で一方的な会話の終了には慣れている。

「いや、でもほら、勘違いか何かかも知れないし」
「……」
「あの……」
「……ジュエルシード……」

問答無用先制攻撃少女は努力の甲斐あって口を開いた。

「私はジュエルシードを集めなければならない。あのジュエルシードは私が封印する」

だからジュエルシードの封印を邪魔したなのはは敵、と。実に簡潔明瞭だった。むしろ攻撃される材料としては物足りなすぎるかもしれない。というかもうちょっと理由があってもいいのではないだろうか。ここは切り捨て御免がまかり通る江戸時代では何のだから。

「だから……ごめんね」
(なのは、危ない!)

何がだからなのか、何がごめんねなのかはほとほと理解に苦しむところだが、少女は一旦飛びのくと空中に飛び上がり、なのはに向けて光弾を放ってきた。ユーノが叫ぶ。
しかしなのはから見れば不意を突かれるほど早い攻撃でもなく、ユーノに言われるまでもなかった。なのはも先日覚えたばかりの魔法で空中に浮遊する。
少女はなのはが攻撃を避けたことがよほど意外だったようで驚いた顔をしている。この手の無口独走系の人間にしては珍しく鉄面皮ではないようだ。しかしそれもつかの間のこと、すぐに攻撃を再開しようとデバイスを構えなおした。

(なのは、よく分からないけどその子はジュエルシードが欲しいみたいだ。だけどあれは一般の魔導師の手に負える代物じゃない。とにかくその子を説得するなり倒すなりして……なのは?)
「ごめん……ユーノくん」

だがなのははデバイスを構えようとしなかった。それどころが地上に降りてバリアジャケットを解き、レイジングハートを待機状態に戻してしまう。戦闘の意思を見せないなのはに少女は怪訝な顔をする。
あせったのはユーノだった。嫌な予感がする。実に嫌な予感がする。

(なのは、無防備すぎる!)
(ユーノくんは黙ってて)
「ねえ、あなた名前は? 私は高町なのは」
「……言っても意味はない」
「そんなことないよ。これからちょっとあなたに良いお話をしたいと思って。でも『あなた』じゃ味気ないでしょ?」
「……」
「変なこと考えてるわけじゃないよ。ほら、もうバリアジャケットも解いてるし、変な仕草をしたら攻撃してもいいから。できれば攻撃して欲しくもないし、されるつもりもないけどね」

少女はしばらく黙っていたが、やがてつぶやくように言った。

「……フェイト。フェイト・テスタロッサ」
「フェイトちゃん、か。いい名前だと思うよ」
「あ、ありがとう……」

フェイトは顔を少し赤くしてうつむいた。名前を褒められたことがよほど嬉しいらしい。なのはのデラックススマイルとスウィートフェイスも大いに活躍した。
しかしそんなほほえましい情景を見せつけられながらもユーノの一抹の不安は解消されないどころがどんどん膨れ上がってく。

「フェイトちゃんはジュエルシードを集めてるんだよね?」
「……そう」
「どうしてジュエルシードが欲しいの?」
「……言えない」
「ん、無理に聞きだすつもりはないよ。世界を支配したいとか大暴れしたいとかじゃないなら別にいいんだ」
「違う」

これにはフェイトも間髪いれずに答えた。その答えに満面の笑みを浮かべたなのはは待機モードのレイジングハートを手のひらにのせた。
フェイトの表情が強張る。

「何をする気?」
「あなたにとっていいこと」
「?」

首をかしげるフェイトを前に、なのはは命じた。

「レイジングハート、ジュエルシードを出して」
(え、ちょ、ま……)
『but...』
「いいから早く」

レイジングハートは意思を持っているとはいえ所詮デバイス、所有者であるなのはの命に抗えるはずがない。ユーノも抗議の声を上げようとしたがその前に念話を切断された。
5つのジュエルシードが空中に出現するとフェイトの目の色が変わる。

「それは……!!」
「今ここに5つあるんだけど、これ全部フェイトちゃんにあげるよ」
「……えっ!?」
(待って待って待って待ってなのはちょっとタンマ!!!)
(……なに?)

あまりの事態にユーノは無理やり念話を再開させる。いつも通りのなのはの嫌そうな声が返ってきた。

(何じゃないよ! 何でなのははいっつもそう物語を根底からぶち壊すようなことばかりするかな!? もうちょっと自分がしてることに誇りと責任を持って)
「でも……いいの?」
「私は巻き込まれただけだし。皆に迷惑がかからないようにって集めようと思ったけど、フェイトちゃんが集めてくれるなら喜んで譲るよ」
(聞いてねえええええええええええええええ)

こうなったら変身を解いて止めるしかない。そう覚悟したユーノだったがなのはの方が一枚も二枚も上手だった。
フェイトが目を奪われている隙に地面から小石を拾い上げ、コイントスの要領で弾き飛ばす。弾丸となった石つぶては見事、猫の額よりも狭いフェレットもどきの額にヒットした。額から血をダクダクと流してユーノは沈黙する。

「あ、でも危なくなったら呼んでね? 良かった私も手伝うから」
「……」

パートナーを血の海に沈めたとは到底思えないすがすがしい笑顔で、なのははフェイトの手を握った。フェイトはといえばついさっきまで敵意むき出しだった視線はすでに感謝感激雨あられに様変わりしている。目元から涙すらこぼす勢いだ。その涙をなのはは人差し指でやさしくぬぐう。惚れ惚れするほどの善人っぷりである。
なのははそのままジュエルシードを手に取ってフェイトに差し出した。

「はい。受け取って」
「あ、ありがとう……本当にありがとう! なんてお礼を言ったらいいか……!!」
「そんなのいらないよ。私にとって必要ないからフェイトちゃんにあげた。それだけなんだから。それじゃあ、あの子猫のやつも封印しちゃうね」

フェイトは微笑を浮かべて首を左右に振った。

「それは……私にやらせて」
「フェイトちゃん……じゃあ、よろしくお願いするよ。あ、でもひとつだけ」
「……?」
「あのジュエルシードの封印は手荒にしないで。子猫は巻き込まれただけだから」
「……うん。バルディッシュ、やさしくお願い」
『sir』

フェイトも実のところ子猫を攻撃することは気が進まない様子だった。
バルディッシュと語りかけられたデバイスは頷くように淡く点滅する。

「ロストロギア、ジュエルシード……シリアル14、封印」

フェイトが唱えて発動された封印用の魔法は、心なしやわらかさを含んでいた。巨大猫の体が光り、シルエットが小さくなっていく。
後には何が起こったのか分かっていない様子の子猫と、ゆっくりと高度を下げるジュエルシードのみが残った。
フェイトは歩み寄るとグローブをはめた手でジュエルシードを掴み取り、


「なんてね」


そんな地獄の底から響くような一切の感情を含まない永久凍土のような声を聞いた。

「えっ?」

振り向こうとしたところでのどに強烈な圧迫感を感じた。それもそのはず、いつの間にか近距離まで接近したなのはの姿がそこにあり、中指だけを第一関節まで立てた拳がのど元にめり込んでいたのだから。
普通の打撃には骨や筋肉が重要な器官にダメージが及ばないように衝撃を吸収してくれるのだが、この場所は人体の中でもいくつかある例外のひとつ、人体急所だった。気管が圧迫されると同時に衝撃は脊髄にまで達し脳を揺さぶる。フェイトは自分が攻撃されたことさえすぐに認識できなかった。

「……かはっ……!!」

呼吸が乱れるなどという生易しい代物ではない。息を吸っても酸素が届かないそれは生き地獄といっても差し支えなかった。
ここまで深刻なダメージを受けては立ち続けることなど望むべくもなく、フェイトの足は弱弱しく崩れ落ちる。そこに一切無駄のない蹴りがフェイトの腹部に直角に突き刺さった。踏ん張りを利かせられないフェイトの体はほぼ地面と平行に吹き飛び、木の幹に激突して停止する。背骨が悲鳴をあげ、衝撃で肺の中の空気が口から漏れた。

「あぐっ……!!!」

気管に続いて肺自体を圧迫され、いよいよフェイトの意識は朦朧とする。完全に気絶しなかっただけ大したものだが、もはや魔力でフォローしたところで戦闘どころが歩くことすらままならない。ジュエルシードを欲する気持ちだけがなんとか意識を支え、手を握らせ続けていた。
しかしここにきてすら一切の容赦がないのがなのはだった。いつの間にか待機モードを解除していたレイジングハートを瀕死のフェイトに向け、

「シューティングモードへ移行。目標前方……ファイア」

一条の光が月村邸の閉鎖された空間を裂いた。



――――――――――――――――――――――――――――――



「命中、っと。レイジングハート、念のためにもう一発ね」
(ちょっとまてええええええええええええええええええええええええいい!!!)

魔力の際チャージを始めたなのはに死に物狂いのつっこみが入る。未だに額からの出血は止まらず意識朦朧だが、今つっこまずにいつつっこむという謎の気迫がユーノに宿っていた。

「いつものごとくうるさいな。なに?」
(なに? じゃないよ! なにやってんの君は!!)
「不意打ち」
(良心回路なにやってんのぉ!!!)
「そんなの最初っからあるわけないじゃん」

漫画の中の人造人間ですら装備しているものをあっさりと否定した。

(フェイトって娘、大丈夫かな……)
「大丈夫だよ」
(ぜんぜん大丈夫じゃないよ!! 的確に人体急所に打撃を叩き込んでとどめまで刺してるじゃないか!!!)
「だからもう起き上がれないって意味で大丈夫って。さっきの攻撃のコツはね、相手が油断しているところを、鎖骨と鎖骨の間の心持ち上を狙って突くことだよ。人体急所だからね、息するだけでも苦しいはずだよ。それともなんか別の意味で言ってるの?」

心底分からないというような顔でなのはは首をかしげる。

(……一応聞いておくけど、相手が女の子だからっていう配慮は?)
「う〜ん、確かに胸とか股間には男性以上に神経が集中しててダメージになりやすいけど……そこまでやる必要もないしね。そういえば素人は金的が男性限定の技だって思ってるみたいだけど、実は的確に当てれば女性にも効くんだよ。まあこの場合金的っていう技目は変えたほうがいいかも知れないけどね。知ってた?」
(そんな実践したら人間として最低なトリビア知りたくない!! そうじゃなくて女の子相手だから手加減するとかしないとかだよ!!! )
「はぁ? あはは、ユーノくんって思ったより冗談上手なんだね。戦いでそんな甘っちょろいことほざいてられないってば」
(最初の善人面は全部演技だったのか!)
「あんな大根芝居信じるほうが悪いよ」

少なくともユーノの目からは完璧な演技だった。あんな笑顔を見せ付けられれば腹の底で東京湾のヘドロよりドス黒い企みをしているとは夢にも思うまい。

(良心が痛まないのかいなのはは!?)
「良心で勝負に勝てるかよ」
(言い切った!? な、なんてやつだ……君の血は何色だぁ!!!)
「緑」
(ガ○ラス!?)
「冗談だよ。酸素をヘモグロビンで運んでるんだから赤じゃないの? ……うん、これくらい近づけば十分かな」

ユーノと漫才まがいの念話をしながら動いていた足を止める。その地点とフェイトとの距離は1mもなかった。レイジングハートを突きつけると先が触れるか触れないかのゼロ距離だ。
フェイトは木に寄りかかりながら顔を上げ、勝ち誇った笑みを浮かべながら魔力をチャージするなのはの姿を見て顔を歪めた。

「だました……の?」

フェイトの声は少しかすれていた。最初の一撃を受けてのどが腫れたりしているのだろう。

「まさかあんな大根芝居を信じるなんて思わなかったけど。今度からはもうちょっと人を疑ってかかった方がいいよ?」
「くっ……」

フェイトは親の敵でも見るような目でなのはを睨みつけるが、なのはは全く笑顔を崩さない。

「一般人が使っても暴走するような危ない物を本物の魔導師に渡すわけないでしょ? 警察みたいな組織ならいざしらず、いきなり攻撃してきたところを見るとそうでもないみたいだし。今のところ自分で集めて自分で管理するのが一番安全だから、私はひとつ残らず自分の手で回収しようって決めたの。”あなた”が何のためにコレを欲しがってるのかは知らないけど、そんなの知ったことじゃない。ましてまともに説明できないような理由で欲しがってる人とは話し合いもするつもりないから。
あなたも本気でコレが欲しいなら、これくらいの手段をとることくらい覚悟すべきだよ。たとえ笑っちゃうくらい純粋な女の子を騙しても手に入れる、ってね。もう遅いけどさ。二度と邪魔にならないように腕か足か折っとくから」
「……最……低」

いや全くその通り。
ユーノは心の底から同意した。フェイトのありとあらゆる負の感情を凝縮したようなあざけりを受けても気にしないどころが、逆に嬉しそうに笑っているなのはの顔を見れば100人が100人同じ台詞を吐くだろう。神に誓ってもいい。
ユーノはそんななのはを引き込んでしまった自責の念に駆られつつ、助けようとも思ったが持ち前のヘタレっぷりでちっとも体が動かず、フェイトの無事を祈ることしかできない。

「やだな、褒めても何もでないよ? まぁ殺さないだけありがたいと思って……っと、そうだそうだ、このジュエルシードは貰っておくから」
「っ……!!」

懸命にジュエルシードを握り締めていた右腕をなのはが踏みつける。それが駄目押しとなってフェイトの手からジュエルシードが零れ落ちた。
それらを拾い上げてレイジングハートの再び取り込んで、

「じゃあこのままボキっと……ん?」

妙な気配を感じてその場から飛びのいた。次の瞬間フェイトを中心として地面に魔方陣が現れる。

(て、転送魔法!)

結界に無理やり穴が開けられる感覚にユーノは喜んだ。なのはのパートナーとしてはフェイトを逃がさないように転送を妨害すべきだし、それも可能であったが、ユーノはむしろ結界を弱めて転送を助けた。いくらなんでもなのはがあんな少女の腕を折る様など、そして少女が腕を折られる様など、見るに耐えない。
幸い転送魔法を使った術者は優秀だったようで、なのはが手負いの敵を逃がすまいと再びチャージした砲撃が発射される前に転送は完了、フェイトの姿は跡形もなく消え去った。

(……ど、どこかに逃げたみたいだ)

ユーノの報告を聞いたなのはの舌打ちは実に忌々しげだった。普段なら男が花束を持って言い寄ってくる魅力は、街角で声をかけただけで有り金全部を財布ごと渡して靴をなめてしまうほどの危険な迫力へと変貌している。
ここで転送を妨害しようとすればできたと言ったらどうなるか考えてみたが、想像だけでショック死できそうな予感がしたのでやめた。

「まぁいっか。十分に威嚇にはなったし……もし次に会ったらその時に、ね」

その時になんなのか詳しく聞いてみかったが、聞いたら心に二度となのはのそばにいられないような致命的なダメージを負う気がしたのでやめた。もう十分傷を負ってる気もしたが考えれば考えるほど鬱になるのでやっぱりやめた。
いっそのこと何もかもやめたかったがそんな力も覚悟もないのでこれもやめた。

「で、でも意外だったな。なのははアレだけジュエルシードを集めるの嫌がってたのに。あのままフェイトって子に任せるのかと思ったよ」
「もうちょっと前ならそうしてたかも知れない。だけど前にも言ったと思うけど街全体に影響するような暴走をされたらアリサちゃん達を守りきる自信がないもん。この前だって実際巻き込んじゃったし。力を過小評価していたことに気付いたなら対応を変えることも不思議じゃないでしょ? 関わらない方が守れるのか、関わった方が守れるのか、それが変わっただけだよ」

不思議な考え方だとユーノは思った。自分の周り以外は一切興味がないとしておきながら、大事な人間を守るためには自分の危険などいとわない。決して利己的ではないが公共性は皆無。

「……シビアというか何というか……」
「分からないなら気が変わっただけだって思っておいて。それよりユーノくん、結界を解除していいよ。アリサちゃんたちの所に戻らないとね」
「う、うん!」

少なくともジュエルシードを他人に任せることができないと思っているのはユーノも同じだったし、結果的にはこれでよかったのかもしれない。そう納得することは決して間違いではないだろう。



ちなみにこの後お茶会に復帰したなのはは、それはもうひまわりの明るさとアジサイの健気さと桜の可憐さと青葉の若さをブレンドした素晴らしい笑顔を振りまきまくった。あまりの豹変振りに油断したユーノが転送魔法を妨害できた旨を告白してしまい、家に帰って地獄絵図を見たことは別にどうでもいい話である。



――――――――――――――――――――――――――――――



「……」
「フェイト……? フェイト! 目が覚めたのかい!?」

目を開けると最初はぼやけてしか見えなかった。それでも目の前にいるのが誰かは分かる。私の使い魔で一番の友達のアルフだ。私を心配する感情がいつも以上にラインを通じて流れ込んできた。

「ここは……」

知らない部屋の中だと思ったのは、この前から私が住むんでいるマンションの寝室だった。枕もとのライトだけがついた薄暗い部屋で私はベットに寝ているらしい。
おかしいな。ベットに入った記憶はないんだけど。
よく分からないまま起き上がろうとすると右腕に痛みが走った。

「あうっ……」
「まだ起き上がっちゃ駄目だ! 骨にひびが入ってるんだ。治癒魔法はかけておいたけどすぐには治らないよ」

人型になっているアルフは私に言い聞かせながらやさしく肩を押さえた。ベッドが小さく軋む。
近頃はめっきり感じなかった類の痛みだった。体が寒くなる魔力的なダメージとはまた別の、熱く焼かれるような痛み。子供の頃の格闘の練習で骨を折ってしまったときの記憶がよみがえる。

「そっか……私……」

そのまま一気にあの子のことも思い出した。私に笑いかけて、手を握って、全部演技だと言い切ったあの子のことを。

「ごめんフェイト……私がついていけばこんなことには……」
「ううん。一人で大丈夫って言ったのは私だし、アルフはちゃんと助けてくれた。気にしないで」

この右腕だって、アルフが転送してくれなかったらひびでは済まなかっただろうし、足も同じことになっていたはずだ。アルフは全然悪くない。感謝はしても怒るなんて事はしない。
そう伝えてもアルフは自分を責めるような悲しい顔のままだった。

「でも!」
「私はアルフのそんな顔見たくない。笑って欲しいんだ」
「フェイト……」
「ほら、笑って?」
「……私も、フェイトに笑って欲しいよ」

やっとアルフは笑ってくれた。泣いてるような、笑ってるような、ちょっとだけ変な顔だったけど。
でもすぐに怖い顔に変わった。アルフは見かけによらず――こんな事を言うと拗ねるかもしれないけど――優しい心を持っている。だからアルフのこんな顔を見るのは久しぶりだった。

「あいつ、許せないよ……! フェイトを騙して、不意打ちして、こんな目にあわせて……いくらなんでも卑怯だ、ひどすぎる!!」

頭を撫でる。
蹴られたおなかはまだ少し痛い。

「あの子、強いよ。すごい早さだった」
「でもフェイトが油断しなければ……!」
「絶対に勝てる?」
「……」

それは私にも分からなかった。
早くて正確で重い格闘。荒々しいけれど威力は十分過ぎる魔法。正面から撃ち合ったらまず勝ち目はないと思う。だけど近付いたから有利になれるわけでもない。単純な作戦が通用する相手でもないだろう。

「だけど……」

ジュエルシードを手に入れる意思は、私にだってある。
母さんが望むことを私は叶えてあげたい。この気持ちは誰にも負けない。
だから……”あんな奴”には絶対に、絶対に、

「ジュエルシードはあきらめない。だからあの子とも……高町なのはとも、ぶつかる。その時は……」

絶対に。

「負けない」

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