旅館内から出るまで十秒と少し。駐車場から玄関までは地面をならしただけの素朴な歩道が敷いてある。周りは程良く残された森林に囲まれており、おそらく設計者の思惑通りに古き良き日本の雰囲気を醸し出していた。街灯も足元が見えるだけの最低限に留めてある。
闇の奥で何かが光ったのは、だからよく確認できた。恐らく変身したのだろう。

「こっちも行こうか、レイジングハート」
『Yes』

一瞬身体を包む布の感覚が消え去り、すぐに甦った。もう太股の涼しさにも不快を感じなくなってしまったのが悲しい。しかしこの服は衝撃を吸収するのは勿論、非常に着心地が良いのも確かだった。恐らくオリンピック選手が身につけている競技服よりも空気抵抗や可動性が優れているのだろう。まさに魔法の材質だ。

「一気に追いつくよ。『フィン』!」

呪文を唱えるのは何も気分に浸りたいわけではなく、ユーノがレイジングハートも認識しやすく、無駄な計算能力を使う必要がないので最初のバランスも取りやすくなる、と教えたからだ。確かに前回とは比べ物にならない安定性でなのはの足に浮遊力が付加された。
なのははその力を、飛行ではなく走るのを補佐に使用した。人の身体を丸々浮かせ、飛行させるような力なのだ。なのはの脚力と組み合わされれば効果は絶大で、なのははまさに風のように疾走した。
が、

「……ッハァアアアアアアアア!!!」
「こっ……!?」

その風を拳が捉えた。闇夜に乗じて低い姿勢で襲いかかってきた襲撃者の攻撃は的確すぎるほどに的確だった。
鉄のような拳がなのはの腹部にめり込み、バリアジャケットの対衝撃性を突き抜けて内蔵が震える。せめて衝撃を分散させようと大げさに背後に後ずさるが効果は薄かった。
衝撃はなのはの体の中に重く留まり、すぐに強烈な吐き気をこみ上げてきた。夕食を取る前でなければ恐らく吐き出していただろう。
荒々しいがその中に剛を潜ませた熟練を感じさせる打撃だった。洗練された武術には必ず存在する形が感じられないことから考えるに、戦闘の中で磨き上げた我流の武術。

「……あの子の仲間の人かな?」

なのはは極力苦痛を表に出さず冷静を装った。内心は立っているのがやっとで、走り出せばそのまま膝をついてしまうのは間違いなかった。

「あんたみたいなゲスに名乗る名前はないよ」

怒り一色の表情で佇んでいるのは成人の女性だった。耳、尻尾、そしてただの私服というには奇抜すぎる服装。
いかに回るなのはの頭でもそれだけの情報では、彼女の名前がアルフでフェイトの使い魔であることまではたどり着けなかった。
ただ一つ確かなのは、彼女がフェイトの味方で、なのはの敵だと言うことだ。

「あはは、嫌われてるなぁ」

別にゲス呼ばわりされようとなのはに怒りはない。
奇襲は相手を仕留められなければ相手に大義名分を与え、士気を上げてしまう諸刃の剣だ。だからこそなのははフェイトの腕を折り、足を折り、戦意を徹底的に削ごうとしたのである。
太平洋戦争のアメリカと大日本帝国を思い浮かべれば解りやすいだろう。敵の戦意を削ぐことで戦わずに勝利することこそが奇襲の最たる目的なのである。いくらフェイトに大きなダメージを与えたとしても、こうして再度敵対できるほど余裕を残してしまった時点で時点で、対極的に見ればあの攻撃は失敗したと考えるのが正しい。

「まぁいいけど。そこ、どいてくれないかな?」

だがなのはには後悔も無かった。奇襲で済めばそれでよし、そうでないならば別の手段で目的を達成するとはじめから覚悟している。
こうやって会話をしているうちにも最初の攻撃の影響は徐々に抜け、なのはは戦闘力を取り戻つつあった。せっかく初撃で主導権を握ったというのにそのまま攻めてこないのは、所詮あの愚かな少女の仲間かと嘲笑する。
確かにこの女性は強い。それはひしひしと感じられる。だが負ける気はしなかった。

「わかった、なんて言うと思ってるのかい?」
「思わないけど。私を油断させて後ろからだまし討ちくらいするのかなって。そんなの引っかかるつもりないけどね。私はあの子みたいに馬鹿じゃないから」
「……なんだって?」

冷え切った声でアルフが問う。

「聞こえなかった? じゃあもう一度言ってあげるね」

なるべく挑発的に笑顔を作って、

「私はあの『フェイト』って子みたいに馬鹿じゃないから」
「……あんたのその汚い口で、これ以上フェイトを……語るなぁあああああああああ!!!」

激怒を体現する荒々しい攻撃がなのはに襲い掛かった。きわどいところで回避に成功するが、空振った拳が地面に小さなクレーターを作る。冗談のような威力だ。直撃すればただでは済むまい。
アルフがなのはを飛び散る土砂越しに睨む。なのはが浮かべているいけ好かない笑みがどうしようもなく癪に障り、アルフは牙をむき出しにして二度目の攻撃に移る。
左手を振りかぶり、狙うのは顔面だけだった。遠慮などない。こいつがフェイトに与えた苦痛をそのまま返してやる、アルフの頭の中はそんな言葉に埋め尽くされていた。

「だぁっ!」

今度は当たった。当たりはしたがなのはの右腕が豪腕を受け流した。無論地面を穿つ衝撃を完全に無効化することはできず骨が鳴く。だが一向になのはの表情は崩れない。
不気味だ。
一瞬でも思ってしまった自分が情けなく、アルフは更なる追撃を、

「ぅ―――っつ!」

アルフは腕を引く。レイジングハートを握っていない左手が、まるで蛇が獲物を絞め殺すように腕をへし折ろうとしていた。目で捉えることもできないほど早い動作ではなかったが、それが間接を狙っていると気付くことが難しかった。
危険を感じたアルフは間合いをあけ、沸騰していた頭を冷やした。そして自分の目的を再確認する。別にここでなのはを倒す必要はない。フェイトがジュエルシードを封印するまで時間を稼げばいいだけだ。
攻勢に出る必要はない。なのはを倒すことができればそれは最善だったが、直接拳を交えた今はそれが難しいことが分かった。挑発に乗って本末転倒する訳にはいかない。

「……気付いた? なんだ、見かけによらずそんな馬鹿じゃないなぁ」
「はらわたは煮えくり返ってるけどね……! あんたは攻めが苦手なんだろ? だったら待ってるさ。どうせフェイトがきてくれればあんたなんてすぐにぶっ殺せる」

血がにじむほど手を握り締め、砕けるほど歯を食いしばり、アルフは舌戦に耐えた。しかしなのはは自分の作戦が看破されたと言うのに余裕の態度を崩さず、それどころが肩を震わせて笑い始めた。

「ふふっ……ふふふ、あはははははははは!」
「……何がおかしいんだい?」
「あははは、おっかし〜……えっとね、やっぱりあなたは馬鹿だな〜って思って」
「ふん、強がりはよしな。あんたには時間がないけど私にはある。あんたは守りで私は攻め。不利なのはどう考えてもあんた……」
「だから馬鹿だって言ったの。私が攻めが苦手? 自分が馬鹿力で攻めるしか能がないからっておかしなこと言わないでよ。私が得意なのは……」

直後、アルフの懐になのはが現れる。頭に迫りくる拳は、今度は目で捉えられなかった。早すぎる。直感だけで首をそらしてどうにか避ける。

「防御と、攻撃だよ」

避けられたのはアルフの直感が優れていたからでも、なのはの踏み込みが足りなかったからでもなく、なのはがそう狙ったからだった。
ぱっと握り締めていた左手を開くと中から砂塵が飛び散った。アルフは素早く目を閉じたが、細かい砂が多少入り込む。目が痛んでまぶたを開くことができない。
風が唸る音が聞こえた。それが振りかかるなのはのデバイスだと気付いたのはガツンと頭を叩かれ、地面を転がった後だった。こめかみが異様に熱い。触ると生暖かいぬめりが指先をぬらした。

「ああ、ちょっと血が出ちゃってるね。痛い?」
「う、うるさい!!」

なのはが近くにいることは声で分かった。このまま殴られっぱなしになるよりはとがむしゃらに腕を振るが、当然全てが空を切り、逆になのはのカウンターが右頬に炸裂した。牙で口内が裂け、鉄の味が口いっぱいに広がる。
よろめいて無防備になったアルフは次の鳩尾を突き上げるような掌底で完全に反撃の機会を失し、あとは胴体を数発殴られ続けて最後に蹴り飛ばされた。
受身を取ることもできず背中から地面に落ち、せっかく入浴してきれいになった体が土ぼこりに汚れる。
肺から逃げた空気を取り込もうと息を吸い込むと、口内の血が気管に紛れ込んだ。

「がふ……ごほっ、ごほっ!!」
「そんな汚い咳をしちゃダメだってば。女の子なんだからもっとエレガントにしないと。それにほら、寝っ転がってると危ないよ?」
「あぐっ!」

なのはは白々しく忠告しながら、地面に血を吐いているアルフの腹部を蹴り上げた。最初の一撃の仕返しと言うには強すぎる痛みがアルフの身体を駆け巡る。
アルフはもう何も考えられず、腰を丸めて膝を曲げ、手で腹部を押さえた。

「げほっ……!」
「どうしたの? 立たないの?」
「……黙って、ろ……!」
「ほら、早く起き上がらないと……ねっ」

もちろん立ち直らせる時間など与えない。起き上がりかけたアルフの背中を踏みつける。

「がぁっ!」
「あはは、エビみたい♪ でも跳ねてる暇があったら逃げればいいのに」
「……こ、の……!」
「やだな、汚い手で触らないでよ」

なのはの足首を弱弱しく掴んでくる腕を蹴り払い、レイジングハートの柄の先で手の平を突く。ミシリと音を立てて骨に亀裂が走った。残った片手にも同じようにレイジングハートを突き立てる。

「あうっ! ……ぁぁっ……!」
「あ、両手は使えなくなっちゃったね? 次はどうする?」

脚が動き始めた。だが背中をなのはに踏みつけられている状況では、ざりっ、ざりっと砂利をかくだけでいつまでも身体は動かない。数秒そんな動きを見下ろしていたなのはは「飽きた」と一言つぶやいて、膝の裏をかかとで踏みつけた。

「いっ……! ぁぁぁあ……あ!!!」
「はい、脚もだ〜め。これでもう起き上がれないね。残念でした〜♪」

苦痛に暴れる頭を、足の底でぐりぐりと地面に擦り付ける。

「うあぁ……あ……ああ!!」
「さて、ここで反省会。最初から一気に畳み掛けなかったのがあなたの敗因だよ。もしあなたが攻勢にでれば、あんなパンチをガードし損ねたら一発で大ダメージを受ける私は慎重にならざるをえなかった。ジリ貧になれば、私は体格上どうしても体力があなたに劣るから劣勢になって、あなたは時間まで場を持たせられたかもしれないのに。
いくら力が強くても頭が伴ってなきゃただの宝の持ち腐れなんだよ? もっとも、今更言っても意味はないんだけどね」
「あ、あんたは……!」
「ん?」
「……あ、あんたは、殺す……絶対に、殺す!!!」

これでもかというほど濃い殺気で満ちた視線をぶつけてくるアルフを、なのははせせら笑った。

「多分無理だと思うけど。ま、頑張ってね」

なのははオレンジ色のさらさらした髪を無造作に掴むと、顔と顔が向き合う高さまで吊り上げた。こめかみと口から血を流し、顔の半分以上を土に汚し、それでもなのはを睨みつけてくるアルフが鬼の形相ならば、それと相対して未だ平然と薄ら笑みを浮かべているなのはは悪魔の形相だった。
レイジングハートの先端をアルフの顔に真正面から突きつける。唐突に、耳が犬の形をしているんだなぁと少しだけ興味がわいたが、すぐにどうでも良くなった。
魔力を収束させる。

「そうだ、この魔法にも名前があるんだった」

頭の中に自然に浮かんでくる。まるでその名前を前から知っていたかのように。
英語のそれを、日本語の意味で認識したとき、なのはは失笑した。

「『神聖なる砲撃』か。皮肉かな」

構わない。神聖であっても呪われていたとしても、使えるならば使うだけだ。
魔力の収束が終わり、いよいよなのははその力を解き放とうとした。
そして―――



「じゃあね。ディバイン・バス……」
(ちょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっとまてえええええええええええええええええええええええええええ!!!)



―――そして、うるさいのが来た。

あまりにうっとうしい念話のせいでまた集中が乱れ、魔法は不発となった。
なのはは不機嫌な表情で、足元をうろつく小動物をにらみつけた。

「毎度毎度毎度毎度、ほんと絶妙に最悪なタイミングで邪魔してくるよね、ユーノくんって」
(毎度毎度毎度毎度、ほんと正気を疑う外道っぷりだよねなのはって!!!)

いつの間に川から戻ってきたのか、なのはの足元には汚れすぎて毛の色が黒に変わりつつも威勢良く突っ込んでくるユーノの姿があった。

(あの後は大変だったよ。滝つぼに飲み込まれるし蛇に食べられかけるし鳥に連れて行かれかけるし……)
「……季節問わずに発生する黒光りが気持ち悪い虫並みのしぶとさだね」
(川に蹴り落とした本人が言う台詞がそれ!?)

この調子だと延々くだらない愚痴を聞く羽目になりそうだったので、なのははすぐに話題を変えた。

「いつから見てたの?」
(……君がそこの犬耳の女の人をリンチしてたあたりからだよ!!)
「あれは正々堂々の戦いだってば」
(一方的にお腹を蹴り上げて背中を踏み潰して頭を地面に擦り付けることのどこが正々堂々なのかと小一時間問い詰めたい!)
「どこがって……」

しばし黙考。

「……全部?」
(君は今すぐ正々堂々の意味を辞書で引いて来たほうがいいと思うな!!)
「あ、私『正々堂々』とか『正義』とか『仁義』とか、嫌いな言葉は墨で黒く塗ってるから」
(そんな間違った方向に戦後の教科書みたいな辞書は捨ててしまえ!!!)
「まぁ、正々堂々は冗談だけど……」

なのはは続ける。

「この人はかなり強かったし、急がないとあの子にジュエルシードを取られちゃうから早く勝負をつけたんだよ。っていうか現在進行形で急がなきゃいけないし」
(あの子? この前なのはが友達に家で戦ったフェイトって女の子のこと?)
「そう。ついさっき旅館の廊下で鉢合わせしたの。さすがにびっくりしたけどあっちもそうだったみたいで、一目散に走っていっちゃった。多分ジュエルシードがあるってことでしょ、これって」
(じ、じゃあなおさら止めを指してる時間なんてないんじゃ……)
「分かってるなら話しかけて集中を乱さないでよ」

ユーノは邪魔しなかったらそこで滅茶苦茶怖いオーラを放っている女の人が黒焦げになると知って、それが例え敵であろうと、何もできないほどシビアな性格はしていない。

「大丈夫、ユーノ君が心配してるようなことにはならないよ」

え? とユーノの心に芽吹くわずかな期待。
やたらすがすがしい笑顔がそこにあった。このまま「少女の微笑み」とか題をつけて写真コンクールに応募すれば佳作くらいには入選するんじゃないかと言うほどに絵になる笑顔だった。
問題はなのはがこんな顔をするときに、ユーノとなのはの思考がシンクロしたことが一度も無いことだ。ユーノにとっては「少女の微笑み」でなく「悪魔の企み」のほうがしっくりくる。

「死因が魔法だったら、きっと検察も立件できないから」
(違ぁああああああああああああああああああああぅうううう!!!!)

今回もご多分に漏れず、なのははことごとくずれた答えを返してくれた。ジャンルを限定せずとも、これほど思考ベクトルがずれているパートナーの様な関係はそうそうないのではないだろうか。

「そんなことないって。私たち塩素系と酸化系の洗剤くらいピッタリなパートナーだよ」
(致死性の毒ガスが発生するよ!!!)

よよよ、とユーノは泣き崩れる。
中身が人間の少年であることを思い出して、なのははかなり引いた。

(絶望した! こんな奴を魔導師にしてしまったことに絶望した!!)
「じゃあ首でも吊ってくれば? このあたり、なんか樹海っぽい雰囲気漂わせるし」
(そんな気軽に首吊り自殺を勧めないでよ!!)

2人がそんなくだならない会話の応酬を続けていると、アルフが弱弱しい声を発した。

「ふん……余裕、だね」
「それはそうでしょ。私が勝ったし」
「どうかな……? フェイトは、多分、もうジュエルシードの封印を終わらせる……そうしたら、あんたの、負けだ」

負け惜しみ、というわけでもないだろう。アルフが言っているのは試合に勝って勝負に負ける、戦術的に勝利しても、戦略的なジュエルシードの入手という面では敗北すると、そういうことだ。
間違ってはいない。間違ってはいないが、なのはがその程度のことを考えていないはずがなかった。

「確かにあなたとの戦いにこだわっていなければジュエルシード封印は阻止できたかもしれないね。でも封印されたらされたで、別に私が負けることにはならないよ」
「……な、に?」
「ジュエルシードは全部で21個もあるんだから、いきなり全部を回収できるとは思ってないよ。”最終的に”全部回収できればいいの。もともとジュエルシードは21個で1つ。どんなことに使うのかどうか知らないけど、あなた達にとってジュエルシードは数を集めないと役に立たない。少ない数で済むなら、この前、私があげるって言ったときに1つしか受け取らなかったはずだもん。高値で売るとかそんな雰囲気でもなかったし。少なくとも6個、あるいはそれ以上が必要なのは多分間違いない。私はもう6個のジュエルシードを持っていて余裕がある。だったら敵を減らしておいたほうがむしろ得って考え方もあるでしょ?」
「馬鹿だね……私みたいなのを、1人2人潰しても、フェイトには……何の問題もないよ」
「それはウソ」

なのはは即、アルフの台詞を切って捨てた。

「それなら最初から”あなたみたいなの”を何人も投入する。そしてあの子は最後の最後まで出てこないで、出てきても封印だけしてすぐに帰る。あの子が直接出てきて戦っている時点で人手不足は目に見えてるよ。あの子も大きな組織の末端に過ぎない、というのも考えたけど、それにしては組織立った行動が少なすぎるし。
だからあなた達は単独、かつ少数でジュエルシードを回収している。そうでしょう?」
「……」
「沈黙は肯定。昔の人は上手なこと言うよね」
「……撃ちな」
「言われなくても」

なのはが再びディバインバスターの発射シークエンスに入る。下手な魔導師ではそれ一発で限界になるほどの魔力が一点に集中する。
アルフは久しく恐怖を感じつつあった。そんなものは認められないと歯を食いしばり、強く、強く睨み続ける。ユーノに出来ることはそんな2人を斜め下から見上げるだけだ。
時間の流れが重い。

「……やめた」
「なっ!?」
「えっ!?」

しかしなのははここまで撃つ素振りを見せておきながら、アルフに突きつけていたレイジングハートを降ろした。
2人は自分の耳と目を疑った。。
理由が分からなかった。情けや気まぐれなど、なのはに限っては絶対にありえない。

「……敵を減らしたほうが得なんじゃなかったのかい?」
「そうしたいのは山々なんだけど、あんな風にわざわざ時間を消費していたぶったのにも理由があるっていうのかな」
「……どう、いう……」
「それはこういうこ……と!」

なのははアルフを投げ捨てしゃがみこんだ。光る何かが凄まじいスピードで頭の上を掠り、髪の毛が数本宙を舞う。
それで終わりではなかった。今度は頭上から光弾が3発、縦陣を敷いて突っ込んでくる。一発目は後転をしたなのはを追いきれずに地面に着弾、二発目もフットワークに翻弄されてあらぬ方向へ外れた。三発目は命中したがなのはの強固な魔法障壁を破ることはできない。

「……はあっ!!!」


それら全てがなのはの意識を逸らすための布石であり、フェイトはなのはの真後ろからバルディッシュを振りかぶって襲い掛かってきた。

「っぅ!」

振り返りながら勘まかせにレイジングハートを振り、光刃が鼻先すれすれまで迫っていたところでなんとか受け止める。カウンターを狙って蹴りを放つが、攻撃が失敗したと知るや否や、フェイトは黒いマントと金髪をたなびかせてなのはの間合いから離れた。

速い。鋭い。そして巧い。

「本命さん、こんばんわ」

なのはは相変わらずの柔らかい声色と笑顔でフェイトを迎えた。
その笑顔が少しだけ強張っていることに、ユーノだけが気付いていた。

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