「フェイト……!」

どうして来た、そんな風に顔をするアルフにフェイトは笑いかけた。

「アルフ、ごめん。そんなぼろぼろになるまで……痛かったでしょう?」

その笑顔でユーノの心は洗われた。そうだ、これだ。これが笑顔なのだ。決して女性の頭をぐりぐり踏みつぶしながらなのはの顔に浮かんだアレは笑顔じゃないのだ。似て非なるモノなのだ。

「ジュエルシードは大切だけど……回収はアルフを助けた後でいい」

フェレットの姿をした少年の心のオアシスとされていることも知らず、フェイトはアルフを守るように悠然となのはの前に立ちはだかった。

「正しい判断だと思うよ」
「正しいとか……正しくないとか……そういうことじゃない。アルフは私の大切な使い魔だ。だから私はアルフを守る」
「……どうでもいいよ、そんなの」

なのはがレイジングハートを握りしめる。

「私はジュエルシードを集める。あなたはジュエルシードが欲しい。なら……」
「……そうだね」

2人の間に言葉はいらなかった。フェイトにとってはなのはと気が合うことすら気持ちよくはなかったが、分かりやすい力でのぶつかり合いは嫌いではない。
言葉だけでは伝わらないこともある。そして力は全てを伝える。

「私とあなたは敵同士ってことになる。……行くよ、バルディッシュ」
『Device Form』
「そういうこと。だったらやることは1つだもんね。……レイジングハート、備えて」
『Device Mode』

2人はにらみ合い、そして跳んだ。
魔法でもなんでもないデバイス同士の打ち合いは、ユーノとアルフのはるか上空で激しい金属音を響かせた。
正面からバルディッシュを受け止められたことにフェイトは驚きを覚え、なのはは予想以上の速さに舌を巻く。
相手の予想以上の強さを知っては、尚のこと戸惑っている暇はなかった。

「はぁっ!」

なのはが放った蹴りをフェイトはバルディッシュで受け止めた。衝撃を利用して一気に距離をつけ、その間に魔力をチャージする。追いすがってきたなのはにバルディッシュを向け、発射準備完了。

「サンダースマッシャー!!」

バルディッシュの先端が光った時、なのはは攻撃に感づき方向を変えようとするが間に合わず、右足を金色の光波に飲まれた。

「っつぅ……!」

足そのものの存在を持って行かれたような感覚になのはは顔をしかめた。見れば確かに足はついているが、バリアジャケットのスカートの端が黒く焼けこげている。
魔力を持って行かれるというのはこういう事か。通常の痛みとは違う感覚はやや不快だったが、特に外傷がないと判断するとなのはは再びフェイトに向かって突っ込み、同じように蹴り飛ばした。
フェイトはその行動に疑問を持ったが、特に出来ることもあるわけではない。様子見の意味も込めてバルディッシュで受け止め、距離を稼ぐ。
そして突撃してくるなのはに砲撃を、

「ディバイン……」

今度はフェイトを蹴り飛ばした位置で停止し、腰だめにレイジングハートを構えていた。集中する魔力の量に絶句する。サンダースマッシャーの倍か、いや、それ以上だ。
驚愕していたのはフェイトだけではなく、その戦いを地上で見守っていたアルフとユーノも同じだった。

「な、なんなんだいあの馬鹿みたいな魔力量……!?」
「なのは……やっぱり凄い」

どんな卑劣な戦術を採ろうと、やはりなのは強いのだということをユーノは再確認した。思わず空気の振動として漏れたその呟きはアルフの耳にも入ったが、この現実を前にしてはそれを否定することは出来そうにない。
魔力収束はサンダースマッシャーの優に4倍まで達してやっと止まり、それはつまり攻撃が放たれる事を意味した。


「バスター」

引き金となった声は小さく、放たれた魔力は膨大だった。封時結界内の薄暗い空間が一瞬真昼のように照らされ、まるで巨大な鎚が振り下ろされたかのような圧迫感がフェイトを襲った。
避けられない。早々と回避の可能性を否定したフェイトはすぐに次善の策を講じる。

「サンダースマッシャー!」

洗練された細い光線は桃色の光を僅かに押しとどめた後、あっけなく消し飛ばされた。その僅かな時間でフェイトは上に飛ぶ。暴力的な濁流が足裏を掠った。熱せられた鉄板の上を歩いたかのような熱さ。
目標から外れたなのはの一撃は後方で闇の中に消える。

――――――――――ドッォオオオオオンン!

その光が闇を食いつぶすまでは刹那だった。小型の核爆弾が爆発したかのようなキノコ雲が立ち上る。爆炎は全てを焼き尽くし、周りの木々を円形に薙ぎ倒した。
なのは以外の3人は呆然とその破壊に目を奪われる。

「……う、うそだろ……」
「……同感だよ」

アルフとユーノの間には、奇妙な精神的共感すら生まれつつあった。

(……って、こんなぼーっとしてる場合じゃない!)

ユーノは急いでなのはに念話を繋げる。

(なのは! 勝手に魔法の設定を変えただろ!?)
「勝手になんて失礼な。使ってるのは私なんだからどうしたっていいじゃない」
(殺傷設定の魔法を人に向けて使うのはいくつも許可が必要なんだよ!?)

細かく言えば非殺傷も一般市民に向かって使っていいものではないが、スタンガンと拳銃のようなものだ。殺傷設定の魔法を使うのは凶悪犯の捕縛か軍人に限られる。
ミッドチルダはそれでも幾分規制が弱いほうだが(一般人の使用自体を禁じているところもある)、あんな威力の魔法では即刻刑務所行きは間違いない。

「誰も見てないから大丈夫だよ!」
(だからそう―――ことじゃ―――!!)

ユーノの言葉はそれ以降はなのはの頭に届かなかった。ディバインバスターによって発生した魔力の乱れがなのはの周囲まで届き、念話を阻害していた。
なのはとしてもこれ以上ユーノののんきな説教に付き合っている暇はなかったので、これ幸いとばかりに呆然としているフェイトに躍りかかる。
かわされたことに問題はない。はじめから何となくはずれることは分かっていた。それでも撃ったのは致命的な隙を作り出せると踏んだからだ。毎日戦場に置かれている兵士でもなければ、大抵の人間は目の前の死に対応できない。
戦闘になれているらしい彼女も狙い通り目を見開いていた。

「あっ……!」

フェイトが気付いたのとほぼ同時に、スピードに乗ったなのはの右膝蹴りが下腹部に入った。『女の子は、子供を作るための大切なものをお腹の中に持っています。いくらケンカをするときでも女の子のお腹を蹴ったり殴ったりしてはいけません』なのはの頭の中でいつぞや受けた保健の授業がリピートされた。そんなことは百も承知だ。だから効く。
はず、が。

「っ……まだだっ!!」
「え?」

しかしなのはの予想に反してフェイトはその場に踏みとどまり――というより”浮き”とどまり――バルディッシュで殴り返してきた。
レイジングハートによる受けは間にあわず仕方なく左腕で代用したが、金属のバルディッシュと生身ではやはり硬度が違いすぎた。骨までは折れなかったが、肘から先が痺れて拳も握れなくなる。戦力外通知を受け取ったと言うことだ。
そうなればもうこれ以上損傷に構う必要はない。バルディッシュを無理矢理脇に挟み込み抑え込むと、仕返しとばかりに左手に握ったレイジングハートをフェイトの側頭部に向けて振った。おそらく防がれるだろうが、フェイトも同じように片腕を使えないようになれば五分だ。
だが近接戦闘用の魔法ではフェイトに大きな分があった。レイジングハートはフェイトが咄嗟に展開したバリアによって寸前で止められてしまう。

「くっ!」

なのはの表情が初めて苦渋の色に変わった。打撃に対してもバリアを張れるフェイトと、左腕を封じられバリアの展開も出来ないなのはではどちらが不利かは火を見るより明らかだ。

(空中戦に持ち込んだのは失敗だったなぁ……)

地上で戦えば森に隠れながら逃げられてしまうだろうと障害のない空中を選んだが、重力がない戦闘は今までの経験を殆ど無効化してしまっていた。感覚が狂って仕方がない。自分が圧倒的なアドバンテージを握っていた近接戦闘も、今はフェイトと互角、いやそれ以下だ。
近接戦闘がダメなら遠距離しかない。
なのはは距離を稼ぐためにもう一度蹴りを放つ。が、防御に移るはずのフェイトは大きくバルディッシュを振り上げている。

「はぁ!!」
「!?」

なのはの思考は読まれていた。
鋭いなのはの蹴りは防御以外に防ぎようがないが、ここで距離を空けられれば一気に自分が不利になる。そう考えたフェイトは防御を捨ててバルディッシュで攻撃にでていた。

「う……!」

僅かに先に当たったのはなのはの蹴りだった。だがいつもならば的確に鳩尾を捉えるなのはの蹴りも、踏みしめる地面が無いことで僅かに上に反れる。胸骨が圧迫され息が苦しくなったが、バルディッシュはぶれることなくなのはの右肩を打った。

「つっ!」

対応しきれず、右肩の付け根に直撃をもらった。右手全体が痺れてレイジングハートを取り落としてしまう。
これがフェイトの狙いだった。デバイスを失うことは魔導師にとって武器喪失も同然。あとは多少脅して、今まで奪われたジュエルシードを交渉して手に入れる作戦だった。
しかし瞬間、なのはを空中に浮かせていた力が消えた。同時にバリアジャケットが霧散し元の浴衣姿が現れる。

「っ!」
「え!?」

フェイトは一瞬にして重力の鎖に引きずられていくなのはに驚きの声を上げた。戦闘しているうちに高度はどんどん高くなっており、今は超高層ビルの屋上ほどの高さである。なのはがどれだけ強靭な肉体を持っていたとしても、魔法もなしにこの高さから落ちてしまっては生きていられるはずがない。
フェイトになのはを殺すつもりは全くなかった。それが例えだまし討ちをかけられ、使い魔に暴行を加え、殺傷設定の魔法を撃ってきた人物であっても、人を殺してしまうことはフェイトの中で一線を越えている。それは母まで決定的に汚してしまう気がしてどうしても踏み出せない一歩だ。
まさかあれほどまでの戦闘能力を持つなのはがデバイスを失っただけで飛ぶこともできなくなるとは思いもよらなかった。
反射的に身体が動き出していた。
なのはが地面に落ちるまで時間はある。今ならば追いつくのも簡単だ。

(フェイト、助けるな!)
「……っ」

フェイトの身体が動き出そうとした寸前に、割り込んできたアルフの声が失った冷静さを引き戻した。確かにこれほどの幸運を逃すことはどう考えても愚かだ。ロストロギア、ジュエルシード回収の最大の障害を永遠に葬り去るチャンスをふいにすることはない。かといってこのまま見捨てることはなにか取り返しが付かないことのような気がしてならない。
両天秤にかけられて、フェイトの身体は石のように固まった。



――――――――――――――――――――――――――――――



(なのは!)
「あはは、まさか防御を捨てるなんてね」
(待ってて、いま衝撃を吸収する魔法を……)

一直線に地面に向かうなのはを救うためユーノは小さな手で魔法を紡ぐ。横にいるアルフは身動きが取れないので邪魔をしてくることはない。
魔法が落下地点に展開すれば衝撃を吸収することができる。

(だ、だめだ! さっきの爆発のノイズで発動点が定まらない!)

ユーノとなのはの間の距離はかなり離れている。魔法を展開することだけはできるが、衝突予測地点ぴったりにあわせることは不可能だった。
場所を間違えてしまえばこの魔法にはなんの意味もない。

「範囲は広げられないの!?」
(それだと発動が間に合わない!)
「ちっ、邪魔ばっかりして肝心なところでは使えないんだからもう!」

さりげなくユーノの心に深い傷を負わせつつ、なのははあたりを血眼になって見回した。時間が停滞しているような感覚の中、左斜め下に回転しながら落下するレイジングハートを発見する。
一度手を伸ばしただけでそれを捕まえられたのはただの偶然だった。




――――――――――――――――――――――――――――――



「掴んだ……!?」

落下しながらなのはがもう一度変身したことでフェイトはやっと動き出した。
相手は躊躇しながら倒せる相手ではないことを改めて思い知ったフェイトは、バルディッシュをサイズモードに変えて自由落下を超える速度でなのはに追撃をかける。
しかし空気の壁にぶつかって思うようにスピードに乗らない。



――――――――――――――――――――――――――――――
<br><br><br>
「レイジングハート、減速!! それとディバインバスターチャージ!」
(両方なんて無茶だ! 減速だけに集中して……)
「外野は黙ってて!」

レイジングハートは忠実に命令を実行した。身体の中から何かが急激に吸い取られ気が遠くなっていく。それでも下唇を血が出るほど噛み締めて痛みで意識を保ち、さらに無茶な減速で身体にかかる負担も受け止める。
数秒後、車が背中にぶつかったような錯覚がなのはを襲った。起き上がる時間などない。地面に仰向けになったままで、雷のように向かってくるフェイトを狙い定める。
捉えた、と同時に首筋に触れる光の刃。

「……」
「……」

静かにゆれる蒼い瞳と、どこか悲しそうな赤い瞳が交錯した。
バルディッシュの刃はなのはの首に触れるか触れないかのところで停止し、レイジングハートはかなり乱暴な構えでフェイトのこめかみに突きつけられていた。
一分弱、その姿勢のまま2人は固まる。先に口を開いたのはフェイトだった。

「……ロストロギア……ジュエルシードは譲れない」
「私も譲る気はないよ」

だが2人ともに動くに動けないのも事実。

「じゃあどうする? あなたの魔法はチャージ時間が短すぎて威力が十分じゃないみたいだけど」
「気絶ぐらいはさせられるよ。それにあなたのも所詮非殺傷設定、気絶させる以上のことはできないでしょ?」
「だったら……」
「でもさ」

このまま気絶させあうのか、フェイトがそう言う前になのはが口を挟んだ。

「あなたの使い魔は死にかけ、私の使い魔は無傷。お互いが気絶したらどうなるのかなぁって、これ、どういう意味か分かるよね?」

聡いフェイトに分からないはずはなかった。
つまりここで2人が倒れれば、その使い魔は何の妨害もなく行動できると言うことだ。自分とアルフを縛り上げ、ジュエルシードを封印することぐらいはできるだろう。いや、なのはを回復させるだけでこの勝負はなのはの圧勝になる。
非常に単純な理屈だった。だからこそなのはをしとめ切れなかった自分が悔しい。

「……」
「説明してあげようか?」
「……どうすればいい」
「話が早い人は好きだよ」

フェイトは奥歯を砕けるぐらいの力で噛み締めなのはを見下ろす。瞳は怒りに染まっていた。

「私は、あなたみたいな人は……大嫌い」

そう吐き捨てるだけしか出来なかった。これ以上嫌いになることが出来ないほど嫌いだと軽蔑するしかできなかった。
無意味なことだ。相手は仇敵、拒絶したところでなにも感じる必要はない。むしろ改めて、存分に相手を打ちのめす覚悟を決めることだろう。
なのははそんな風に言うことしかできないフェイトを見て満足そうな表情を作るだけだ。

「あなたがどんなに嫌ってくれようが興味ないよ。
条件はここにあるジュエルシードをあきらめること。そうすればあなたとあの使い魔さんは見逃してあげる」
「……あなたが約束を守るとは思えない」
「それなら今すぐその鎌を振ればいいよ、安全の保障はしないけどね。少しは自分の立場をわきまえたらどうかな」

そして真っ暗な森の中、触れば切り裂かれそうな緊迫感に包まれて2人はじっと見詰め合った。
フェイトがゆっくりなのはの首かバルディッシュを離し、腰をはさむようについていた膝を立ち上げる。なのはもゆっくりと起き上がり、その間目をそらすことは一度もない。互いに変な動きをすればすぐに攻撃に移れる姿勢のまま、やがて十分に距離が開いた。
フェイトがアルフに向けて念話を開く。

(アルフ、今日は撤退しよう)
(撤退って……フェイト、大丈夫!? 酷いことされてないかい!?)

撤退するほど手ひどいダメージを受けたと考えたアルフは、自分のような目に遭っていることを想像して血の気を冷やした。

(私は大丈夫。だけどジュエルシードは……)
(……ごめん、私のせいで……)
(いいよ。アルフは頑張ってくれたから。それで、つらいとは思うけど空間転送を発動して。補佐は私がする)
(分かったよ……)

すぐにフェイトの足元に魔方陣が展開した。それでも2人は武器を向かい合わせ続け、緊張感は最後まで途切れることはない。
魔法がほぼ展開し終わり、数秒後には目標の地点に転移するときになって、ようやくフェイトが沈黙を破った。

「次は絶対に……絶対に、勝つから」

言い終わったのと同時にフェイトの姿は消えた。後には何も残っていない。
それでもなのははしばらく直立不動を保ち続け、突然糸が切れたように膝をついた。

「くぅ……危なかったぁ」

どうやら魔力はゆっくり少しずつ使用するより一気に大量に使用する方が燃費が悪いらしい。無理矢理なディバインバスターのチャージ、時速数百qの加速を0にする急減速。魔力はだだ漏れと言った方が正しいほど急激に失われていた。
体中が氷のように冷たい。激しい運動をした後なのに汗が全くでていない。体力は余裕があるのに身体が動かないというのはずいぶん奇妙で気持ちが悪い感覚だった。

(なのは!)

草むらの影から現れる小さな影。

(急に使い魔の人が転送されたんだけど……あの子は?)
「ジュエルシードと引き替えに見逃してあげたよ」
(見逃してあげたって……)

ユーノの目に映るなのはは疲労困憊で、子どもでも倒せそうなほど弱っている。雀の涙ほどの魔力しか残っていないのだろう。とても見逃した側には見えなかった。

「本音は、うまくごまかせたって所かな。あのまま戦ってたらまずかったね……」
(いくらなのはでもあんなにいっぺんに魔力を使ったら無理はないよ。ほら、とりあえず応急処置)

ユーノの手がなのはの指先に触れた。魔力が血管を熱いお湯が流れるように注ぎ込まれる。一分ほど治療を受けていると、何とか立ち上がれる程度までは回復することが出来た。

「ありがとうレイジングハート。もう戻っていいよ」
『Yes,my master』

宝石に戻ったレイジングハートを首に掛け、足元のユーノに訊ねる。

「ユーノ君、ジュエルシードの封印は一人でも出来る?」
(あ、うん。まだ暴走体にはなってないみたいだし、僕でも簡単に封印できるよ)
「そう。じゃあ悪いけどお願いね。私は旅館の方に戻らないといけないから」
(わかった。こっちは任せて)
「なんかそれは僕の役目だ的な態度だけど、ユーノ君がもっとしっかりしてれば今ごろそこらへんにあの子が転がってたんだからね。コレくらい役に立ってくれなきゃ困るの。そこらへん分かってるよね?」

小さなフェレットはビクンとからだを震わせて、逃げるように林の中に逃げ込んでいった。
腕時計を見る。旅館を飛び出してからまだ三十分も経っていなかった。まるで何時間も戦っていたような印象だったが、随分密度の濃い時間だった。どうせならアリサちゃん達と過ごしていたいのにと思う。そんな彼女たちとの時間を守るために戦ったのだから仕方がないのだが。

「アリサちゃん、怒ってるかなぁ……」

まぁそんなことは火を見るよりも明らかだろうが。それでも男には行かなければいけない時があるのだ。なんて取り繕ったところで怖いものは怖い。
せめて怒りをなだめるためにはまずどういう風に言えばいいだろうかと考えている内に、なのはは宴会場のふすまの前まで着いてしまった。

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