「……」

地面からわずかだけ体を浮かせて停止する。一風変わった瞑想のようなこの行為は、魔導師の間ではどんな世界でも割りとポピュラーな練習方法だ。
初めて宙へ浮くことへの恐怖心やバランスの保ち方をまずは低空で養うのが目的だ。なのはの場合は恐怖心は無きに等しいしバランス感覚も優れているのでもう少し高レベルの練習になる。o単位での高度調整や平行移動、持久力といったものを強化しようとしていた。

「……ふぅ」

この練習を始めてから30分、なのははようやく踏みなれた地面に降りた。

「どうだったかな?」

首に下げたレイジングハートにたずねる。

『ほとんど問題ありませんが、わずかに放出する魔力に揺れがあります。それさえ克服すれば基本は完璧でしょう』
「そっか」
(でも凄いよ。まだ練習を始めて数日しか経ってないのに、ほとんどマスターしちゃってる)

ユーノは古ぼけたベンチの上に座って練習の様子を観察していた。空中機動を強化するための方法はないかと聞かれ、この練習法を提案したのはユーノだった。
ユーノは自分が数ヶ月かかってマスターした魔法を数日で習得しつつあるなのはに多少の嫉妬すら覚える。この練習で重要なのは心を平静に保つことと余計なことを考えないことなのだが、その点なのはは完璧だった。なのはが魔法の天才だと言うことは会ってから常々思っていたが、集中力の高さも驚異的だった。

「基本だけじゃダメなんだけどね。あの子はもっと縦横無尽に空を飛んでたし」

とにかくなのははこれで今日の練習を切り上げて公園から出た。目的は家族にも特に説明していなかったが、以前から早朝ランニングを行っているので怪しまれることも無い。
顔を洗い、ご飯を食べ、歯を磨き、かばんを持って登校する。
いつもと変わらない朝を装う。それは完璧なはずで、少なくともなのははそのつもりだった。



――――――――――――――――――――――――――――――



「アリサちゃん、一緒にご飯食べ……」
「行こう、すずか」

にべもなくアリサは立ち上がり教室を出て行った。1人残されたなのはのそばにすずかが近寄る。

「すっかり怒っちゃってるね」
「うぅ……」

朝からずっとこんな調子だった。いつものバス通学ではなく車で別々に登校したことから始まり、授業中目を合わせても無視、休み時間話しかけても無視。今までけんかは何度もしてきたが、いつもアリサの側からケンカを初め、アリサの側から仲直りするという構図だった。これほど徹底的に拒絶されるのは初めての経験だ。

「やっぱり旅館でアリサちゃんを押し倒し……」
「だから誤解だってばぁ!」

アリサを襲って泣かせたと誤解を受けたなのはは、あの後それはもう筆舌に尽くし難い責め苦を受けながらもなんとかすずかの誤解を解いた。しかし布団にアリサが入ってきたところまでは自分は無実だと胸を張れたのだが、感情のままにアリサを押し倒した(あくまで押し倒した”だけ”だ)のは事実であるので強く言うことができず、すずかの疑念はまだ晴れていなかった。

「じゃあなんでアリサちゃんとケンカしたのか教えてくれる?」
「そ、それは……その……」

親友として何かできないかと言われて、それを拒絶したから。
アリサと同じく親友であるすずかに、そうはっきりとは言いにくかった。

「……とりあえずアリサちゃんもやりすぎだと思うけど。ちょっと話してくるね」
「うん、お願い。私が行っても余計にこじれるだけだろうし」

冷静に受け止めながらもやはり少しだけ落ち込んでいる様子のなのはを気にかけながら、すずかはアリサを追って教室を出た。
校舎はさして広いわけではなく、こんなときアリサが行きそうな場所と言えばなおさら限られている。すずかは少しも迷わず、まっすぐに校舎の真ん中にある階段の踊り場に走った。
はたしてそこには俯き加減で階段に座り込むアリサの姿があった。

「なによ」

すずかが追いかけてくるのが分かっていたかのように、先にアリサが口を開く。

「なんで怒ってるのかなんとなくわかるけど、だめだよ、あんまり怒っちゃ」
「だってむかつくわ! 悩んでんの見え見えじゃない! 迷ってるの、困ってるの見え見えじゃない! なのに何度聞いても私達にはなにも教えてくれない!! それに、それにすずかだって聞いたでしょ!? あいつ、私たちの助けなんかいらないって言った!!」
「……バレてたんだ」

あの旅館での夜のこと。なのはが最近おかしな態度をとる理由を聞き出そうとしたのは2人で考えたことだった。2人よりも1人のほうが打ち明けやすいのではないかと考えて、問い詰める役こそじゃんけんで勝ったアリサに譲ることになったのだが、すずかは最初から最後まで聞き耳を立てていた。

「すずかは悔しくないの!? 私たちはなのはが必要なのに、なのはは私たちが必要じゃないなんて!!」
「それは確かに少し……ううん、すごくショックだったよ。つらい事ことも楽しいことも分け合えてるって思ってたのに、結局なのはちゃんだけ、つらいことを1人で背負ってたんだから」

それは対等な親友ではない。自分達がなのはに依存しているだけだ。これでは申し訳ない気持ちが先にたって、素直に感謝することができない。

「……こんな気持ち、やだ」
「私もだよ。だけどなのはちゃんが秘密にしてることを無理やり手伝っても、かえって邪魔になるかもしれない。だったら私たちは待ってるだけしかできないんじゃないかな」
「分かってるわよそんなこと!!!」

アリサが廊下中に響くような大声を上げて立ち上がった。
涙で目が赤くなり、鼻水がたれて、とても人の前には出られないようなひどい顔だ。

「だからそれがむかつくの! 少しは役に立ってあげたいのよ! どんなにつまらないことだっていいんだから!! 何にもできないかもしれないけど、話してくれれば少なくとも一緒に悩んであげられると思ったのに!! なのになんで……なんでなにも話してくれないのよぉ……」
「アリサちゃん……」
「自分を必要としてくれなかったからって叩いて、余計になのはを悩ませて……これじゃ私……バカみたいじゃない……」

親友の役に立てないことが悔しくて涙を流すその姿が微笑ましく、そして悲しくて、すずかはアリサを抱きしめた。

「ふふ やっぱりアリサちゃんもなのはちゃんのこと好きなんだよね」
「そ、そんなのあたりまえじゃな……!!」

そこまで口走ってアリサは自分がとんでもないことを言っていることに気付いた。掌で口を押さえつけるが、一度言った言葉を封じ込められるはずが無い。
隠蔽をあきらめたアリサは羞恥に染まった顔を恨みありげにゆがめてすずかを睨んだ。

「ハメたわね……」
「ふふ」



――――――――――――――――――――――――――――――



授業も終わり、なのははかばんの中に教科書やノートを詰めていった。普段は手早く片付けてアリサたちと帰るのだが、今日はその手の動きも遅い。かばんを背負ったのは教室の中もまばらになった頃だった。
先に帰る準備を終えたすずかが教室を出る前に振り返った。

「じゃあなのはちゃん、ごめんね。今日は私たちお稽古の日だから」
「夜遅くまでなんだよね。いってらっしゃい、がんばってね」
「……」

アリサは無言で去っていってしまう。そんなアリサの様子を苦笑しながら見送るすずか。

「アリサちゃん……もう。大丈夫だからね、なのはちゃん」
「うん、分かってるよ。ありがとう」
「じゃあね」

小さく手を振ったあと、すずかはアリサを追いかけていった。なのはもすぐに帰ろうと思ったが、アリサとかち合うのもなんなので少し間を開けることにする。
十分ほど残っていたクラスメイトと雑談してから教室を出た。バス停までついてしばらく次の便が無いことに気付く。どうせ歩いて帰るのがつらいほどの距離でもないので、どうせなら適当に寄り道してから帰ることにした。

「1人で帰るのって、そういえば久しぶりかな」

いつの頃からかははっきりと言えないが、多分2人と知り合ってからいつも3人一緒だった。登下校、授業中、放課後、休日。家族よりも一緒にいたかもしれない。

「いつの間にか、友達になっちゃったんだよなぁ……」



――――――――――――――――――――――――――――――



「昔はさ」
「ん?」

ヴァイオリンの教室に向かうリムジンの中で、おかしそうに笑いながらすずかが切り出した。

「私、今よりずっと気が弱くて、思ったこと全然言えなくて、誰に何を言われても反論できない女の子だったんだよね」
「そういえばそうね……今のあんたを知ってる人間が聞けば笑い出すわ、きっと」
「えぇ、そうかなぁ」

普段は3人の中で一番おとなしいが、怒ると一番怖いのが今のすずかだった。学年ではなのはを抑え、怒らせたら怖い人ランキング1に君臨している。
しかし確かに昔のすずかは引っ込み思案で自己主張の一切無い、典型的ないじめられっ子だった。

「……私は我ながら最低な子だったっけね。自信家でわがままで強がりで。だからクラスメイトをからかって馬鹿にしてた」
「私のヘアバンドとったりとか、ね」
「……言わないで。ガキだったのよ、あの頃は」

過去に自分を省みて顔を手で覆う。自分の過去ほど恥ずかしいものはそうそうない。若さは過ちで満ちているのだ。

「今だって大人とは言えないと思うけど。ちゃんと言えてないしね、なのはちゃんのことす「わーわーわー!!!」

アリサは両手を意味なくぶんぶん振り回し、大声を張り上げてすずかの言葉をかき消した。

「す、すすすすずか、それなのはに言ったらどうなるか分かってるんでしょうね!?」
「うん。アリサちゃん、真っ赤になっていろいろ言い訳するんだろうなぁ……かわいいなぁ……」
「あんた昔と性格変わりすぎよ!!」

ヘアバンドをとっただけで泣きながら追いかけてきたあの頃のすずかが懐かしい。今もし誰かが同じことをすれば、その生徒はおそらく一週間のうちに鬱病、もしくはその他の精神疾患を患って不登校になる。その前に最強のガーディアンが出陣して哀れないたずらっ子に正義の鉄槌を下すのだろうが。
なみだ目になったアリサを見てひとしきり笑った後、すずかは窓の外に視線を向けて追憶する。

「なのはちゃんがいたから、私たち友達になれたんだよね」
「……そうね」

そして思い出す。出会ったばかりのころの氷のような性格のなのはを。

「……変わったわよね。あいつも」
「誰が話しかけても無視してたっけ」
「あんなに女の子っぽくもなかったしね」
「それ、なのはちゃんに言ったらしばらくいじけるよ?」

くすくすとベンツの中に笑い声が満ちる。

「でも、ほんとは変わってなかったんだよね。私、それが分かってなかった」

すずかの言葉にアリサは何も言わなかった。一言一句、同じ気持ちを抱いていたからだ。
変わったのは表面だけ。その奥底にある頑なさは、何も分からないし何も変わっていない。

「……分かってあげたい、分かち合いたいって……思うのはでしゃばりすぎなのかな」
「そんなわけないよ」

すずかは優しげに、キッパリと断言した。

「親友だもん」
「……そうね」



――――――――――――――――――――――――――――――



(そっか。けんかしちゃったんだ)
「他人事みたいに行ってるけど、原因はユーノ君が私をジュエルシードの事件に巻き込んだことだって忘れないでね」
(……ごめん)

ユーノは素直に頭を下げた。確かになのはは善意の協力者で、例え善意の結果が人間失格ラインを大きく飛び越えた行動であろうとも、その目的は友人や家族との穏やかな日常を守るためだ。決して自分の欲望を叶えるためではなく、純粋に他人のためだけに戦えるなのはは、そこだけを見れば十分すぎるほど尊敬に値する。
それほどまでに大事にしている友人と喧嘩をすることは、やっぱりかなりのショックなんだろうとユーノは思った。

「といっても、あの子が知らないあいだにジュエルシードを集め終わってた、なんて事になるよりは巻き込んでくれた方がよっぽどマシだけどね」

苦笑いするなのはにつられてユーノが和むと、ペン立てに入れてあったハサミが流れるようになのはの右手に収まり、やはり流れるようにユーノの首の皮を撫でた。

「でもユーノくんがジュエルシードをばらばらにしなければこんな苦労はせずに済んだんだよ。分かる?」
(は、はい……!)
「そう」

なのはは興味を失ったようにユーノから視線をはずし、右手の指先で髪の毛の先端をくりくりしながら、枝毛になっている部分を切り始めた。なにかこう、活力が無い。いつもならもう少しいたぶってくるはずだが、やはり調子が変だ。

(親友、なんだよね?)
「うん、入学してすぐの頃からずっとね。そういえば会ったばっかりのころもこうやってケンカしてたっけ……最初はあの2人を見てるだけでいらいらして、大嫌いで……」

どこか懐かしそうな目で窓の外を見た後、ゆっくり目を閉じ、深く息を吐いて、ぱちっと目を開くとそこにはいつものなのはがいた。机に広げたハンカチに乗せてあるレイジングハートを握り締めて立ち上がる。

「ケンカしちゃったものは仕方が無いか。仲直りするにもまずジュエルシードを集めきらないとね。今日は塾もないし、晩御飯のときまでゆっくりジュエルシード探しができるよ。がんばろ?」
(……うん、がんばろう)

なのはの後について部屋を出る。一段一段階段を下りていく背中が、ユーノの目には心なし沈んでいるように見えた。



――――――――――――――――――――――――――――――



海鳴市は港町としてそれなりの歴史があるのだが、その分商店街や町並みには煩雑な部分もあった。そのため中央区では大分前から区画整備が進んでおり、フェイトが仮住まいとするマンションもその計画の中で立てられたものだ。最新の技術を駆使して建築された高層集合住宅は、魔道建築学というこの世界には存在すらしない技術で作られたミッドチルダのものと比べるとかなり型遅れだったが、それでも高層ビルがほとんどない海鳴市では一際目立つ存在だった。

「ん〜、こっちの食事の世界の食事も、まぁなかなか……悪くないよね」

そのマンションのダイニングキッチンで、アルフはスプーンで缶詰のドックフードを口に放り込んでいた。テーブルの上には空になった缶詰がいくつか転がっている。
なのはにやられた傷は大分良くなって、もう1人で食事を取ることもできる。飲み込むたび食道がわずかに痛み、少しでも動くと体のどこかが不調を訴えるものの、昨晩寝返りを打つだけでつらかったことからすれば驚異的な回復力と言えた。しかしそれは魔力を使い続けたからこそ実現したもので、肝心の魔力はもうほとんど空だ。完璧な回復にはあと一週間は必要だろうが、状況はそんな悠長を許しそうにない。

「さて、うちのお姫様はっと……おっと、忘れもの」

箱入りのスナック風ドッグフードを手にフェイトの部屋に向かう。廊下にはいくつもドアがあるが、それらのほとんどは空き部屋だ。このマンションは仮住まいとするには不必要なほどに広い。
だから家賃も一般人が見れば気絶するほどの額なのだが、その点は問題ない。フェイトのバックボーンであるプレシア・テスタロッサは今でこそ一線を退いた隠遁生活を送っているが、以前はその道に知らぬものなしと言われた天才魔導師である。両替は手間どったが、この世界の通貨にすればそれこそ使い切れないほどの額を持たされていた。もっともフェイトが欲しいものは母親の愛であり、皮肉にもいくらお金を積んだところでそれを手に入れることはできない。わずかな希望をたよりに、盲目的に母親の命令に従うしか方法は無いのだ。

「あ、また食べてない! だめだよ食べなきゃ」

部屋に入って開口一番、アルフは夕食が一切手をつけていないことを嗜めた。ベットの上に浮かない顔をして横になっていたフェイトが抑揚の無い声で言う。

「すこしだけど食べたよ。大丈夫」

とても大丈夫には思えない態度だったが、フェイトは態度で繕うつもりはなかった。精神がリンクしているアルフ相手ではそんなことをしても意味がないし、フェイトがするべきことが変わるわけではない。

「そろそろ行こうか。次のジュエルシードも大まかな位置特定は済んでるし、あんまり母さんを待たせたくないし」
「そりゃまあフェイトは私のご主人様で、私はフェイトの使い魔だから、いこうっていわれりゃ行くけどさ。私、まだあいつの攻撃から回復しきってないよ?」

それは弱音ではなく、フェイトを思いとどまらせるための材料に過ぎなかった。アルフ自身が言っているように、フェイトが行こうと言えば異議を唱えることはあっても最終的に拒否することはありえないのだ。むしろ行くと決まれば、アルフはフェイトが来るなといっても付いていく。魔力が無くても細かいサポートは可能だし、いざとなればフェイトから魔力を分けてもらえば戦闘の幅も一気に広がる。
フェイトは微笑んでドッグフードを指差した。

「それ食べ終わってからでいいから」
「いっ……!?」

慌ててどこかへやろうとするが、そんなことをすると中のドッグフードがこぼれてしまうので、結局アルフのひざの上に抱えられた。

「そ、そうじゃないよ! あたしはフェイトの心配をしてるの! 広域探索の魔法はかなりの体力使うのに、フェイトったらろくに食べないし休まないし……その傷だって軽くは無いんだよ?」

その傷、というのはなのはと戦って受けたものと、もう1つ、体中にある細い青痣だった。何かに打たれて起こった皮下出血が白く滑らかな肌になじんでしまっている。かなりの古傷だった。
フェイトはつらそうな顔をしてその傷を手で覆う。それは心の傷でもあった。

「平気だよ。私、強いから」

立ち上がると同時に漆黒のマントが現れ、翻る。

「フェイト……」
「さぁ、いこう。母さんが待ってるんだ」

フェイトの望みは母親の望みを叶え、愛してもらうこと以外に何もなかった。それを象徴するように、薄暗い部屋の中にはベッド以外の何も置いておらず、唯一味気ないライトスタンドが足元を照らしているだけだ。
この子には何もない。強く、可憐で、優しい、とてもいい子なのに、望んでいるものは何一つ与えられず苦しんでいる。
そう考えると本当ならば凛々しいはずの背中が、アルフの目にはとても儚く見えてしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――



「驚くほどたくさんの機能が付いて、ほら、こんなにコンパクト♪」

夕刻は過ぎ、ほとんど宵の頃合。巨大な液晶画面が新発売の携帯電話の宣伝を流し、それに負けじとネオンの文字が激しく自己主張する。街が夜の表情に変わっていく。

「うーん、タイムアウトかも。そろそろ帰らないと」

腕まくりをして時計を見ると、小学生が出歩くには危ない時間になりつつあった。
不良に絡まれるような類のことならば簡単に解決できても、警察に補導されるようなことになればあの母に数日外出禁止を喰らうかもしれない。
すると今までなのはの肩に乗っていたユーノが地面に降りる。

(大丈夫だよ。ボクがもう少し残って探してくから)
「うん、お願い。町の人に踏み潰されてのたれ死ぬことを願ってるよ」
(これ以上ない応援ありがとう。なんとしても生き残るから心配しないで)
「あんまり張り切らなくていいからね」

最後まで笑顔で言ってやって、なのははユーノから離れた。その小さな姿が見えなくなるところまで小走りして、すかさず携帯を取り出す。やることは1つ、メールチェック。

「アリサちゃんとすずかちゃん、そろそろお稽古が終わって帰る頃かな」

この時間、2人はいつも習い事の先生の愚痴やなにやらを送ってくる。それになのはが返信して、それにアリサたちがまた返信して、とメール交換は途切れ途切れにどちらかが眠るまで続く。まるで意味のない行為だったが、なのはには意味のないことが逆に安らぎだった。
しかし画面に映し出されたのは『新着メールはありません』という文字だけ。なのはは自嘲して携帯を閉じた。

「……来るわけ、ないよね」



――――――――――――――――――――――――――――――



同じ頃、なのはの呟きが聞こえるほど近くはなく、だが大声を張り上げれば届かないわけではない距離にあるとあるビルの屋上。
フェイトが隣に犬形態のアルフを従えて街の賑わいを見下ろしていた。

「大体このあたりだと思うんだけど、大まかな位置しか分からないんだ」
(確かにこれだけごみごみしてると探すのも一苦労だぁねぇ)

ミッドチルダにも大都市はいくつかあるが、それらは皆三次元的な空間設計を行っているためあまり混むということはない。世界全体の人口が少ないのもあって(先進世界はどこも大抵人口が少なく落ち着く)、フェイトもこれだけの人ごみを見たのは久しぶりだった。

「ちょっと乱暴だけど周辺に魔力流を打ち込んで強制発動させるよ」
(ああ待った、それあたしがやる)
「大丈夫? 結構疲れるよ?」

フェイトがやろうとしていることは火種を探すために油をぶちまけるようなもので、かなり魔力を消耗するのだが今は時間が惜しい。フェイトは今まで 1つのジュエルシードも手に入れていないのだ。フェイトは母の悲しい顔を見ないために、アルフは主人が痛めつけられることのないように、なんとしてもジュエルシードを欲していた。
アルフの魔力は殆ど残っておらず確かに余裕はない。だが恐らく、いや確実にあの悪魔が来る以上、フェイトには少しでも魔力を温存して欲しかった。だからフェイトの心配を鼻で笑う。

(ふん、このあたしを誰の使い魔だと思ってるんだい?)
「そうだね……じゃあおねがい」

アルフが強がっていることは、例え精神リンクをしていなくても顔を見れば分かった。
だからこそアルフを信頼する。

(そんじゃあ!)

アルフの足元に魔法陣が展開し、魔力が広がっていく。コンクリートの森に隠れたジュエルシードはその魔力を受けて大きく輝いた。

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