(こんな町中で強制発動!?)

突如現れた光の柱。黙々と流れていた人の波がにわかにざわめきだつ。連動して雷も落ち始めた。ジュエルシードに凝縮されている膨大な魔力が電力と言う形で放出されているのだ。

(封時結界、間に合え!)

ユーノは自分でも驚くほどの速さで公式を組み立てた。街がユーノを中心としてドーム状に色を失っていく。
これで人々の目にはいつも通りの日常が映し出されているはずだ。ひとまずの隠蔽工作を成功させた後、ユーノはなのはに念話を接続した。

(なのは、お願い!)
「分かってる!」

返答するが早いかなのははバリアジャケットを身に纏い飛び立っていた。この短期間で異常とも言えるほどの実戦を経験したなのはとレイジングハートは、もはや阿吽の呼吸を成立させるまでに意識を通い合わせている。

(なのは、発動したジュエルシードが見える?)
「うん、目視できる」
(もうわかってると思うけど、あの子達も……)
「それも見えてるよ」

建ち並ぶビルの屋上、光の鎌を構えるフェイトの姿をネオンの消えた街の中で見つけるのは簡単だった。そしてそれはフェイトがなのはを見つけたということでもある。

(アルフ、聞いて。作戦があるんだ)
(作戦?)
(そう。―――って。どうかな?)

アルフは聞かされた作戦を吟味した。
確かに少し卑怯かもしれないが、相手が相手だ。毒には毒をもって制するしかないのかもしれない。

(いいと思うよ。あれだけ好き勝手にやられたんだ。こっちもやり返してやろうじゃないか)
(ごめんね、怪我も治ってないのに)
(だから言っただろう? あたしを誰の使い魔だと思ってるのさ)

そういうとアルフはビルから飛び降りある程度の距離を取った。
フェイトの言った作戦では、しばらくフェイト1人で戦い続けることになる。心配でないと言ったらウソになるが、それ以上にフェイトを信頼しているからこそ素直に従うのだ。今までの戦いは確かに負け続けだが、一度目は完全なだまし討ちであるし、二度目は勝負には勝っていた。純粋な戦いの勝負に持ち込めばフェイトが勝つに決まっている。それは信頼と言うよりも、確信と言った方が正しいのかも知れない。
フェイトはゆっくりと浮遊し、なのはと同じ高度で停止する。

「また性懲りもなく戦う気? しつこい女の子は嫌われるよ」
「……」
「うわっと!?」

何の言葉も交わさずフェイトは動いた。バルディッシュの切っ先となのはの張ったバリアがぶつかり合い、魔力の粒子が火花のように弾ける。バリア越しに見えたなのはの笑顔は可憐でどう猛だった。

「もんどうむよう、ってやつかな」

返答はしない。それこそが返答。フェイトは気丈に睨み返す。

「じゃあこっちも……いくよ!!」

宣言と同時にレイジングハートが横薙ぎに襲いかかってきた。しっかりとした筋力と相当な訓練に裏打ちされた確かな攻撃だ。大きく距離を取って回避したい。が、それではいいように追撃される。一度犯した愚だ。だからしっかりと目を見開いてレイジングハートの先端だけに注目する。

ヂュン……!

切れ味などないに等しいデバイスのはずなのに、掠っただけで前髪が切れた。恐ろしいスピード。当たれば一撃で意識を奪われたかもしれない。しかしフェイトの意識は鋭敏を保っていた。多分に運の要素を含んでいたが、フェイトは攻撃を見極め紙一重で躱すことに成功したのだ。
再び視界を拡大する。なのははレイジングハートを空振りし大きく隙を晒していた。チャンスだ。
頭とバルディッシュの演算機能をフル回転させ、刹那の内にフォトンランサーの公式を組み立てる。
発射。今までのパターンにはない攻撃になのはの対処は鈍った。バリアの展開が遅れて完全な直撃を余儀なくされる。轟音が響き渡り、使用されて視覚化した魔力が爆煙のようになのはを覆った。

「ぐっ……」

神経だけが焼かれるような痛みに顔をしかめながら、なのはは現状を確認する。ディバインバスター一発分にも及ぶ魔力がごっそりと奪われ、バリアジャケットは所々が焼けこげていた。一度の攻撃にしては大きすぎるダメージだった。自分を叱咤し、しかしそれだけで後悔は終わる。ここで動揺しては戦いのペースをフェイトに握られる。一度失った主導権を一度の戦いの中で取り戻すことは難しい。
即座の反撃が必要だったが、二発目のフォトンランサーはもう発射されていた。この距離では回避は難しい。ならばと自分から突撃し、バリアを展開して正面から受け止めた。
弾けた粒子の向こうでフェイトが驚いた顔をしている。レイジングハートを振りかぶって襲いかかったが、後少しと言うところでバルディッシュに受け止められつば競り合いになる。
すぐそこに敵である少女の綺麗な顔があった。やはり端整な顔立ちだ。その顔に自分の顔を近づけた。距離がゼロになる。
額から鈍い音が頭蓋骨に伝わった。なのはにも多少の痛みはあったが、フェイトのそれは比べものにならないはずだ。人体でも最も硬い場所の一つである額と鼻では勝負にならない。
反射的に目を閉じてしまっているフェイトの脇腹に、容赦なく回し蹴りが炸裂した。前回の反省をふまえて、レイジングハートには軸足に小型の魔法陣を展開させておいた。物理的な力場以外なんの機能も持たない魔法陣としては非常に単純な構造だが、その効果は絶大だった。

「っぅぅう……!」

数十m飛んだところでブレーキをかけ、フェイトは歯を食いしばって痛みに耐える。苦しんでいる暇はない。なのははディバインバスターの発射態勢に移っている。

「打ち抜け……轟雷……!!!」

唯一持っている直射型の砲撃魔法の呪文を唱える。だけどなぜだろう、妙に鼻が詰まっている。力任せに拭うと、手袋の甲をべったりと赤い鼻血が染めた。
大丈夫。痛くない。

「ディバインバスター!!!」
「サンダースマッシャー!!!」

互いの魔法が色を失った街の空でぶつかり合った。中心で魔力が異常なまでに凝縮し、刹那をおいて爆発する。

「くぅっ!」
「うあっ!」

発生した衝撃波に弾き飛ばされ、フェイトは大通りに墜落した。着地もままならずアスファルトの上をごろごろと転がる。自然に勢いがなくなるまでに体の各所をすりむいた。ただでさえ薄いバリアジャケットはもうボロボロで、服としての体をなしていない。でもまだだ。まだやれる。
バルディッシュを支えにしてやっとのことで立ち上がると、四車線の広い道路のむこうになのはが見えた。体の周囲に四つの光球が旋回している。

「シュート」

命令と同時に光球は一斉に加速した。そのどれもが相当の攻撃力を持っていることを、内包する魔力を察知したバルディッシュが伝えてくる。
緊急で飛翔魔法を発動し、なりふり構わずその場から離れる。だが光球はフェイトの後をしつこく追跡してきた。

「追尾魔法!?」

それもかなり高精度で、右に左に蛇行しても緩やかな曲線を描きつつ軌道修正してくる。振り切ることのできる速度でもない。
仕方なくその場に停止して防御結界を展開する。追尾と速度を両立させ威力も高い追尾弾だったが、流石に対結界の攻撃力だけは高くなかった。
連続した着弾をしのぎきると、バリアを解き来た道を逆走する。途中更に四つの光球で迎撃を受けたが、それらはすべてサイズモードに変形させたバルディッシュで切り払う。

「はぁああああああっ!!!」

フェイトは一気に距離を詰めて全力でバルディッシュを突き立てた。バチバチと魔力の粒子が火花のようにはじけ飛びながら、なのはの強力無比な防御結界をバルディッシュの切っ先が突き抜けていく。1cm、2cm、3cm……だがそこまでで侵入は終わった。突撃の勢いを失ってしまえば貫通は不可能だった。

「詰めが甘いよ」
「……どうかな」

勝利を確信したであろうなのはが壮艶な笑みを浮かべる。しかし今回はフェイトが笑う番だった。

「アルフ!」
「あいよ!!」
「うしろっ……!?」

なのはは背後から叩きつけられた人型アルフの拳を、すんでのところで左手で展開した防御結界で止めた。
これがフェイトの作戦だった。魔力がほとんど0のアルフは探知が非常に難しい。それでも気配や音で気付く可能性もあったため、ダメージを与え戦闘の空気に酔わせることによって集中力を鈍らせたのだ。
あとは待機していたアルフに命令を出し挟み撃ちにするだけだった。いくら分厚い防御結界でも、2方向からの同時攻撃を受けては本来の半分の力しか発揮できない。

「……残念、だったね。挟み撃ちにしても私の結界は破れないみたい」

なのはは双方の攻撃をギリギリで防ぎながら言った。確かに魔力がないアルフでは奇襲に成功しても決定力に欠ける。弾のない銃では役に立たない。
ならばどうすれば役に立つのか? 簡単な話だ。弾を詰めなおせばよい。

「っはぁああああ!」
「なっ!?」

フェイトからアルフへ魔力が送り込まれていく。アルフは受け取った魔力をすぐに結界破壊の魔法に流し込んだ。防御結界の破壊はアルフの十八番だ。この点において、彼女は使い魔ながらフェイトの技術を上回っている。
いくら物理的な攻撃に対して強固であっても、ソフトウェアの攻撃に対しては脆弱なのは良くあることだ。なのはの結界もその例に漏れず次々とプログラムが解除されていく。こうなってはもはや崩壊は時間の問題だった。

「あんた、私を倒したとき言ったよね? 『もしあなたが攻勢にでれば、あんなパンチをガードし損ねたら一発で大ダメージを受ける私は慎重にならざるをえなかった』
……だったらもっとたくさんお見舞いしてやるよ!!」
「きゃあっ!!?」

バリアが破れる。アルフの恨みを込めた必殺の一撃がなのはの頬に炸裂した。続けて腹部を蹴りこみ、両手を組んで後頭部に打ち下ろし、再び蹴り飛ばす。
一度跳ねて数mを横転し、なのはは倒れ伏した。四肢からは完全に力が抜けピクリとも動く様子がない。

「……や、やった、やったよフェイト!」
「うん」

いつもどおりの平坦な声で返事をしたが、やはりフェイトも嬉しかった。あれだけの強敵を倒したのだ。それにこれでなのはの持っている多くのジュエルシードを一度に手に入れられる。母の喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。

(な、なのは!?)

やっとのことで駆けつけたユーノは目の前の光景に愕然とした。あのなのはが、あれほど強いなのはが負けた。急いで駆け寄ろうとするが、気付いたアルフが睨みを効かせてうかつに動くことができない。

「残念だったね。あんたのご主人様は負けたよ」
(そんな……)

フェイトはバルディッシュに光の鎌の展開をやめさせると、ゆっくりとなのはの元に近づいていった。
しゃがんで肩を掴み、うつ伏せになっている体を裏返す。強い決意を秘めた目は今は閉じられていた。寝顔は誰でも天使というが、確かにあの悪魔のようななのはもとても穏やかな顔をしていた。いや、何もしなければ元々可愛い顔つきなのだ。その小さな桜色の唇が触れるほど近づいたことを思い出して、フェイトは少しだけ頬を染め、何を考えているんだと我に返った。
用があるのは彼女のデバイスだ。その中にはいくつものジュエルシードが入っているはずで、期待に胸が高鳴る。
しかしなのはも自分と同じように目的があってジュエルシードを集めていたことを考えると、単純に喜ぶわけにもいかず気が引けた。

「フェイト、遠慮することはないよ! そいつだってフェイトが見つけたものを掠め取ったんだ」
「……そうだね」

叱咤されて思い直す。理由は分からないけど、母さんがジュエルシードを望んでいるならそれを集めるのが私の役目。
自分勝手なのは分かっている。だけどやめるわけにはいかない。

「ごめんね」

それが少しでも償いなるならと、フェイトは懺悔の言葉を口にした。そして未だにレイジングハートを握り締めているなのはの右手に手をかけて、

「謝られる理由なんかあったかな?」
「!!!?」

左手首がひねり上げられ、左手全体を背中の後ろに回される。足を払われて道路に倒れ、その背中をひざで押さえられて身動きが取れなくなる。
形勢は一瞬で逆転した。

「あぐっ!」
「フェイト!?」

悲鳴に反応したアルフがフェイトを助けようとした瞬間、なのはは言葉の拳銃を突きつけてアルフの動きを封じた。

「はいそこ、動かない。この子の腕をへし折るよ?」
「ぐっ……」

フェイトは人体の構造上抵抗ができない形で押さえつけられていた。今ならそこらの素人でも骨を折ることができるだろう。もともとフェイトは類稀な反射神経こそ持っているが、体つきはほっそりしていて筋力も一般人に毛がはえた程度でしかない。高速機動に耐える身体は魔法の強化でほとんどをまかなっているのだ。
別にフェイトが貧弱なわけではなく、普通の魔導師は魔法がなければそれほど強いわけではない。軍人であるならば話は別だが、コンクリートを砕くようなアルフの一撃を三度も喰らってなお余裕のなのはの方が狂っているのである。

「あ、あんた、気絶してたのは演技だったのかい……!?」
「正確には前の闘いのとき『あんなパンチをガードし損ねたら一発で大ダメージ』って言ったのからが演技ね。偽情報は闘いの基本。自分の防御力の限界をわざわざ教えると思った? それに単純な打撃技を受け流すような方法なんていくらでもあるんだよ」

ぐぅのねも出ないとはこのことだった。フェイトもアルフもそんななのはの演技を信じ込み、裏をかいたつもりで逆に裏をかかれたのだ。

「ほんと、こんなに私の考えたとおりに騙されてくれるとは思わなかったよ。私が打たれ弱いなら一瞬でも隙を作って一撃を当てよう、そうすれば勝てる……あはは、おっかしぃんだ!」
「て、てめえ……!」
「だぁから動いちゃだめだってば」
「いぎっ……!」
「フェイト!?」

フェイトの腕が稼動限界を超えた位置まで曲げられていく。痛みに暴れるフェイトを意に介さずなのははバルディッシュを奪い取ると遠くに投げ捨てた。

「それで、ちょっと聞きたいんだけど、どうすればもう私の邪魔をしないでくれるかな? 散々痛めつけてもすぐに治るんだから、腕を折るくらいじゃ意味ないんだよね。かといって警察じゃ相手にしてくれないだろうし、されたところでめんどくさいし。殺すのはさすがにまずいけど全身粉砕骨折くらいならセーフかな?」
「そんなことをしたら……どうなるか分かってるんだろうね!!!?」

アルフに激昂され、なのはは芝居がかったため息をつく。

「だからちゃんと話を聞いてよ。私はもう二度と邪魔をされなければそれでいいの。この子を助けたいならその方法を教えてくれないかな」
「それはっ……」

全てを言ってしまいたかった。あの母親が、プレシアが全ての元凶なのだと。

「だめだよ……アルフ……!」

フェイトは今までにないくらい強い意思でアルフに命令した。そうなれば使い魔のアルフは開きかけた口を閉じるしかない。
なのはは組み伏せたフェイトを見下ろした。その頑なな態度に苛立ち、そして嘲る。
力があるくせに非常に徹しきれず、失敗して傷ついても何かを求め続ける。そんな姿勢がたまらなく―――だ。これ以上見たくなかった。
うすら笑みが剥がれ落ちる。

「……じゃあ、二度と戦えないようにしてあげるよ」

骨を折るのではなく、砕く。そして腱を断つ。魔法の回復力がどれほどのものなのかは知らないが、身体の治癒能力を高めているだけに過ぎない以上は、それでもう終わりだ。
人の身体はあまりに脆い。壊し方を知り抜いたなのはから見ればなおさらだ。
少しだけ力を込めれば、ほら。

「……っああああああああああああああああ!!!!」

ゴキュ。

「え?」

力を込める前に肩の関節が外れた。フェイトが自らがむしゃらになのはを押しのけた、結果。
これはなのはにも想定外だった。確かに関節を固められたところから逃げようとするならば関節を外せばいいのだが、言うほど簡単なことではない。慣れている人間ならばともかく、関節の脱臼はかなりの痛みを伴うのだ。
不意を突かれたなのはは思わず手を離してしまう。

「っ……ぅう、ううう!」

下唇を血が出るほど噛み締めて痛みをこらえながら、フェイトは低空飛行でなのはから離脱した。転がっていたバルディッシュを拾い上げると、そのまま空中にホップアップして街の東へ向かう。そこにはまだ封印されていないジュエルシードが浮かんでいる。

「しまった……!」

フェイトはジュエルシードだけでも確保するつもりだ。
なのはは急いで追いかけようとするが、その足を光の鎖が縛りつけた。フェイトは押さえつけられながらも念話でアルフに命令していた、少しでも時間を稼いでと。

「ちっ!」

フライヤーフィンの出力を上げても、フェイトが分け与えた魔力をありったけつぎ込んで作り出した拘束はそう簡単には解けない。いっそのことアルフごと吹き飛ばしてしまおうとディバインバスターの発射体制に入ろうとするが、アルフの拘束魔法には魔法を妨害する公式も組み込まれていて上手くいかなかった。
その間にフェイトはジュエルシードの前に到着し、すぐさま封印を始める。

「ジュエルシードシリアル14、封印……!」

主人の手の中に戻ったバルディッシュが命令に答える。ジュエルシードを封印するためのプログラムを組み立て、最高の効率で主人の魔力を運用する。
額から汗を流しながらアルフは誇らしげに笑った。

「フェイトの封印はあと10秒もしない内に終わる。それまでにこのチェーンバインドを解除できるかな?」

できないとわかっているからこその挑発だった。アルフはそれだけ自信を持っているのだ。複雑でありながらも高い情報強度を誇るこの魔法は高度な魔法知識を持った人間でなければ歯が立たない。
その自信は決して過剰なものではなく、ただアルフの計算違いは高度な魔法知識を持った人間がこの場にいることだけだった。

(なのは、今それを解除する! 早く行って!)

ユーノが鎖に飛びついて公式を乱すと、鎖はとたんにはじけとんだ。

「なっ!?」

驚きの声を上げたのはアルフ、なのはほぼ同時だった。アルフは低レベルの使い魔だと思ってたユーノの高い能力に、なのはは今まで一度たりとも役に立ったことのなかったユーノの活躍に。
しかしいつまでも驚いているわけにも行かない。封印はほとんど終わっているのだ。なのはは猛スピードでフェイトに近づく。だが距離の壁はいかんともしがたく、結局なのはがフェイトに接触するまで13秒もかかってしまった。

「あ、あれ?」

だがどうしたことか、ジュエルシードは未だに強く光り輝いていた。いや、むしろ光が強くなってすらいる。不思議に思いフェイトを見ると、封印するための魔法が異常に弱弱しい。
出力不足。なのはの脳裏にそんな言葉がよぎった。
なのはとの戦闘で魔力を使い、片腕が使えなくなったフェイトではたかが封印と言えども荷が重かったのだ。

(フェ、フェイト!?)
「く……ぅうううう!」

アルフの呼びかけにも答えられないほど一心不乱に封印をしようとするフェイト。だがあと少しというところまで押し込んだものの、ピークが過ぎてジュエルシードに押し返される。右手だけでは反動を吸収しきれずに射線がばらけ、余計にジュエルシードの暴走を許すと言う悪循環に陥っていた。

(まずい……なのは、その子を手伝って!)
「はぁ?」

状況を静観していたなのはは意味が分からないと問い返した。

「どういうこと? このままあの子が失敗すれば、あとはゆっくり封印できるのに」
(そういうことじゃないんだ! 一度封印に失敗するとジュエルシードは封印魔法の分、魔力を高めて本格的な覚醒状態になる! そうなるとジュエルシードは今までとは比べ物にならないはずの危険物だ。下手するとこの封時結界が破れて大規模な暴走を起こすかもしれない)
「そうすると……どうなるの」
(まず間違いなく一般人に被害が及ぶ。特に近くにいた場合は死ぬことだって……)

なのはは街頭時計で時間を確認する。運悪く2人が習い事を終えて帰ってくる時間にどんぴしゃりだ。おまけにここは帰宅ルートのすぐそばでもある。悪い条件は全てそろっていた。

「……」

なのはが無言で見詰める先で、フェイトはバルディッシュを待機状態に戻し素手での封印を試みていた。右手でジュエルシードを鷲づかみにして、それを身体全体で押さえつけるように胸に抱える。とたんに右手を焼けたい石を掴んだような激痛が襲う。それにも耐えて直接封印の魔法を叩き込んだ。

「止まれ、止まれ、止まれ……!」

しかしジュエルシードは一向に静まる気配を見せず、轟音をとどろかせながら無差別にエネルギーを発散していく。近くにあった街路樹が焼け焦がされ、道路はアスファルトが熔解して地肌をさらした。
一番近くにいるフェイトがその影響を受けないはずはなかった。手の皮が焼け、マントがちぎれ、服が切り刻まれる。

「止まれ止まれ止まれ止まれ……!!」
(フェイト、もう止めようよ! 封印は無理だ!!)

フェイトが抑えようとすればするほどジュエルシードはたけり狂う。もはやどう見ても封印は失敗していた。アルフは傷ついていく主人が見るに耐えず説得をするが、フェイトは決してあきらめようとしない。ひたすらに耐え続ける。彼女を支えているのはただ母に喜んで欲しい、褒めて欲しいという想いだけだった。
だがそれにもいずれ限界が訪れる。フェイトには魔力も体力も、もうこれっぽっちも残ってはいなかった。

「手伝うよ」

そんな声が聞こえたのは、だから幻聴だと思った。
ボロボロになった手に重ねられた二つの手は、だけれど本物だった。

「どう……して……?」
「勘違いしないでね。このまま暴走されると困るからってだけの話だよ」

2人は正面から向き合う。呆然としていたフェイトは、やがて少しだけ嬉しそうに頷いた。

「……うん」

なのはは少しばつの悪そうに目をそらす。
ジュエルシードは己を捕らえようとする敵が増えたことでますます強く暴れ狂ったが、重ねられた掌はそれをしっかりと受け止める。

「一気にかたをつけるよ」
「分かった……!」

膨大な魔力がジュエルシードを縛った。あわせてフェイトも残ったありったけの魔力を注ぎ込んでなのはを補佐する。
小手先の技術など一切ない暴力的な方法だったが、基本となる魔力の量が桁違いに増えたことと魔導師が2人になったことで、あれほど苦労した封印はほとんど一瞬で終わった。ジュエルシードはただの青色の宝石に戻り、フェイトの手の中に納まった。

「……あり、がとう」

ほとんど意識を失いかけながらも、フェイトはかろうじて礼の言葉を口にできた。
アルフ以外にこの言葉を使ったのはずいぶん久しぶりだ。

「お礼を言われるようなことなんか言ってない……よっ!」

なのはは封印が終わるや否やフェイトに対して拳を繰り出した。狙いは鳩尾。封印と怪我で疲労しきった今ならばまず確実に意識を奪える。
最初からただで助けるつもりなどない。危険だったから封印を優先しただけで戦闘はまだ続いているのだ。

だがなのはの拳は止まった。というよりもなのはの何もかもが止まった。
半分以上の面積を失ったバリアジャケットではフェイトの身体を覆いきれるはずもなく、なのはが狙いを定めた胸部などは特に損傷がひどかった。おそらく胸の前でジュエルシードを抱え込むようにしたせいだろうが、へそから鎖骨にかけてまで大きく穴が開いていたのだ。
つまり視線をさえぎるものは何もなく、フェイトのささやかな少女としての証はあますところなくなのはの目に飛び込んできた。つまるところ丸見えだ、というこのフレーズを使うのは何度目だろうか。
いかに冷静沈着冷酷無比権権謀術数天下無双、魑魅魍魎を地で行くなのはでも、このインパクト極大のさくらんぼを前には一般市民的なリアクションをとるしかない。

「ぅ……」
「!?」

そして追い討ちをかけるように、奇妙な姿勢で固まったなのはの胸にフェイトが倒れこんできた。大きなリボンにぱふっと顔を押し付けたフェイトはそのまま全身を弛緩させてしまう。溜まりに溜まった疲労が限界に達したのだった。
素手で封印するためにレイジングハートは待機状態。特訓をしたとはいえ付け焼刃で2人分の体重を支えるようになれるはずもない。加えてなのはも激しい戦闘の後の封印で魔力はほとんど枯渇していたのもまずかった。
絡み合ったままふらふらと高度が下がっていく。フェイトを振り落とそうとしてみたが、右腕が首の後ろに回されてしまっていて全然ほどけない。だったらその手から別々に解けばいいのだが、さっきの衝撃的な光景がなのはから冷静さを奪っていた。

「う、腕をはなして!」
「ご、ごめん……あれ、動かない?」

フェイトの身体はフェイトの意識と切り離されてしまっているようで、腕を動かそうとしても浮遊魔法を発動しようとしても全く反応がない。

「動かないじゃなくて……あいたっ!?」

そうこうしているうちに重力にわずかばかりの抵抗をしつつ、なのはは背中から道路に落ちた。まぁそれ自体はバリアジャケットが衝撃を吸収してくれたので別にどうでもいい。問題はフェイトのほうだった。

「うぅ……」

腕を支点にして起き上がろうとしたフェイトは、そのままならばまだ、なのはを押し倒している”ような”光景を作り出すだけで済んだ。だが使えるのは片腕だけで、それもまともに動かない。

「あっ!」

当然ガクンと肘が曲がり、フェイトは支えを失って、すぐそこに起き上がろうとしているなのはの綺麗な顔があった。やはり端整な顔立ちだ。その顔に自分の顔が近づいた。距離がゼロになる。

「んっ……!」
「うむっ……!?」

伝わってきたのは痛みではなく、湿り気のあるやわらかい感触。

(大丈夫!? なの……は……)
「無事かい!? フェイ……ト……」

墜落した2人を見て駆けつけたユーノとアルフはその光景を見て言葉を失った。
アルフが震える声で質問することができたのは、おおよそ一分後のことだ。

「な、な、なにしてるんだい?」

分かっていた。何をしているかは十二分に分かっていた。分かっていたがアルフは認めたくなかった。
それは見まごうことなき、キスだった。

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