「きりーつ。さよーなら」
「「さよーなら」」

私立聖祥大付属小学校、3年1組。アリサ、すずか、そしてなのはの3人が所属することで学年の中でも有名なこのクラスは、たった今帰りの会を終えたところだった。他の教室ではまだ連絡事項を伝えていたり、プリントを配布したりしている。帰りの会をいかに早く終わらせるかはそのクラスのまとまり具合で決まるものだが、3年1組は特に早くも遅くもなく中間点をうろちょろしているのが常だった。
それが今日に限ってダントツのタイムを記録したのはひとえに月村すずかとアリサ・バニングスの無言の圧力の賜物である。
ただ単に生物的な本能に従って行動しているにすぎない生徒達に、担任を預かる女性教師は今日は妙におとなしいわねと首を傾げるだけだった。
普段いくら言ってもなかなか静かにならない生徒達が同年代の少女2人によって見事に統率されている事実を知ったら、ある意味で学級崩壊以上のショックを受けて今後の教師生活に支障が出るだろうことを考えると、彼女にとっては気付かないことが幸運だったのかもしれない。

「それじゃあみんな、気をつけて帰ってくださいね」

教師が退室するとアリサは目にも留まらぬ速さでなのはの机に駆け寄り両手をたたきつけた。

「さぁて、昨日と朝と休み時間と昼休みは上手くごまかされたけど、今度はそうはいかな……あれ?」

なのはがの席はもぬけの殻だ。遅れてきたすずかが苦笑しながら開け放たれた教室後部のドアを指す。

「なのはちゃんなら瞬間移動みたいな速さで逃げちゃったよ」
「ちっ、逃げ足の早い……! すずかもなんで止めておいてくれなかったのよ」
「一応やってみたんだけどね、間に合わなかったみたい」

すずかは椅子の背を見て小さくため息をついた。合成木材の繊維を貫通したシャープペンが紺色の布切れを縫い付けている。よく見るとそれは千切れた男子制服用のネクタイだった。アリサが席を立った瞬間にはなのはが逃亡しようとしていることに気付いていたすずかの足止めも惜しいところで間に合わなかったようだ。

「ったく、あのフェイトって子のことも聞いてないのに……今から追いかけても町中逃げ回られると捕まえるのは難しいし、いっそのことなのはの家で待ち伏せしようかしら?」
「あ、それいいかも。桃子さんに頼めば協力してくれるかもしれないし」
「そういえば私達ってなのはの部屋に行ったことないしね。いい機会かもしれないわ」
「じゃあ家に連絡してから……」

着々となのはを追いつめるための作戦を構築していく二人を遠目で見ていたクラスメイト数人がひそひそ話を始める。

「おいおい、あの二人高町の家に押し掛けるらしいぞ?」
「おしかけ女房かよ……それも二人も。高町も大変だなぁ」
「あの二人には高町君弱いからね〜。案外そのまま雰囲気に流されてあんなことやこんなことなんかしちゃうのかも……」
「きゃー! 禁断の愛!?」
「いや、高町は男だしべつに禁断じゃないだろ」
「それ以前に小三の時点で禁だn」

「ちょっと静かにしてくれると嬉しいなぁ」

ニコリと笑顔ですずかが言うと、教室に残っていた生徒達は蜘蛛の子をちらすように退散していった。

「……なんか寒気が」
(え、今風邪になんかなったら大変だよ!?)
「まぁ、その時ははいずってでも戦うけど……おかしいな、最近は風邪なんてめっきりひかなかったのに」

二人の魔の手から逃げるために教室を脱出した後、なのははジュエルシードを捜索しつつ立ち寄った臨海公園のベンチに途中合流したユーノと腰掛けていた。

「それよりもジュエルシードは見つかりそう?」
(大体このあたりだってめぼしは付いたけど、それ以上はもうちょっと時間をかけないと無理かな)
「そっか。できるだけ急いで」
(分かってる)

沈み始めた夕日を浴びながら、なのははフェイトのことを頭にめぐらせる。
すずかとアリサの顔が知られたとはいえ彼女達の家までばれているわけではなく、ユーノに聞いたところによると魔法を使っても広い街の中で二人を探すのはまず不可能ということだ。襲撃の可能性がある翠屋も兄と父がいるから心配ないだろう。
むしろ問題は2人にフェイトを知られたことである。追及の勢いは以前とは比べ物にならないほど激しくなり、このままではいつ魔法のことがばれるか分かったものではない。”敵”と認識できなくなりつつもあり、これ以上戦い続けることも難しくなってきた。次の戦いで確実にフェイトとアルフを仕留めなければならない。

(だけど、倒した後はどうしよう?)

それもまた大きな問題だった。今までは後処理の手間を省くために戦意を喪失させ逃がす方法を取ってきたが、どんなにダメージを負わせても回復すると分かった今は別の対処法が求められる。
捕まえるか、あるいは殺すか。後者はやはり最終手段である。

(……っ、なのは、ジュエルシードが発動した!)

なのはが一向に答えを出せないまま、鳴海臨海公園に気色の悪い咆哮が響き渡る。

「ホント、大変だよ」
(え?)
「なんでもない。ユーノくんは結界を張って」
(なのはは?)
「いちいち言うことでもないよ。戦って、封印するんだ」

魔法の力を借りて一気に加速。道に敷き詰められたブロックを衝撃でいくつか粉砕しながら現場に駆けつけると、今回の暴走体は巨大な木の化け物だった。手のような枝と顔らしき歪な窪みはまるで子供用の絵本に出てくるような外見だが、現実に活動しているところを見れば大人でも十分恐怖に駆られるだろう。
だが地面には根が張ったままで機動性は皆無だ。

「これぞ本物の木偶の坊、ってやつだね」
(油断しないほうがいいよ。今回のジュエルシードは他のものと比べて魔力が大きい)
「私はいつも戦う時は全力全開だよ」

バリアジャケットを展開しレイジングハートをシューティングモードに移行する。
その時灰色一色になっていた空に亀裂が生じ、二つの人影が結界内に侵入してきた。今更確認するまでもない。フェイトとアルフの2人だ。

「来た、か。いろいろあったけど今日こそ終わり、逃がさないからね」

静かに言い放って、なのはの視線は暴走体を挟んだ向こうに降り立ったフェイトを射抜いた。

「フェイト無茶だ、止めようよ」
「……ううん」

提案はここに来るまで何度も何度も無言と苦笑で退けられ、フェイトが言うことを聞いてくれないのはアルフも分かっている。だが言わずにはいられなかった。プレシアによる折檻は体力を削り取り、1日経っても回復しきっていない。今まで休みなく戦ってきた疲れも響いて、バリアジャケットに身を包んだフェイトは慄然としているが魔力はいつもの七割程度に過ぎないのだ。

「きっと勝つんだ。今度こそ母さんに喜んで貰わなきゃ」

でもだめだった。フェイトは母に喜んで貰うことしか考えていない。もし自分が負けて、あるいは死ぬかもしれないのに戦うことを止めはしないのだ。
アルフに出来ることは使い魔として戦闘をサポートだけである。

(本当にそれしかないのか?)

アルフにそれ以上悩んでいる暇はなかった。なのはがいきなりディバインバスターを発射したからだ。斜線上にいた暴走体はAクラスの魔導師と同等のバリアを張ったが一瞬でうち破られる。幹の幅よりも遙かに大きな直径の砲撃はジュエルシードから暴走体に張り巡らされていた魔力網を残らず崩壊させ、一時的にその活動を停止させた。
貫通した砲撃の余波は十分な脅威となって二人に襲いかかる。

「くっ、いきなりかい……!」

左右に跳んだ二人の間を光線が貫く。非殺傷設定らしかったが、あんな攻撃を受けては魔力を根こそぎ持って行かれて意識を失ってしまうだろう。

「いくよ、アルフ!」
「……おう」

とにかく勝とう。勝つに越したことはないのだ。自分に言い聞かせながら地面を蹴る。

「ユーノくん!」
(うん!)

あまり戦闘には向かない自分に逃げていろとでも言っているのだろうと考えたユーノは戦場に背を向けて駆け出す。しかし尻尾を何者かにつかまれ手足をばたつかせても一向に前に進まない。まさかもうあの2人が追いついたのかと思い振り向くと、尻尾を掴んでいるのは笑顔のなのはだった。

「誰が逃げろっていったの。せめてこれくらいは役にたってよ……ねっ!!」
(いやいや役に立ってってなのはボクじゃ何もできな)
「はっ!!!」
(ってやっぱり投げるのおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……)

現代科学を超越する武術を応用した投擲は銃弾並みの速度をユーノに付加する。
光の鎌を振りかざして突っ込んでくるフェイトと、そのサイドを固めるように併走するアルフは突然飛来してきたフェレットもどきに動揺した。
まさか使い魔を投げるとは思い至らなかったフェイトの一瞬の隙を突き、ユーノは目の前ギリギリまで接近する。

「はぁっ!」
(えぼらっ!?)

だがユーノの(本人の意思はない)奮闘もそこまでで、フェイトは敵弾をバルディッシュで弾き飛ばした。地球人類が手にしているどんな金属よりも強く硬い魔導合金はわずかなたわみも無くユーノの軌道を変更する。

「ファイア」

なのはもユーノを投げたときからそうされることを予想していた。高速移動中バルディッシュを振り回したことでバランスを崩したフェイトに、度重なる実践での使用によって呪文詠唱を短縮することに成功したディバイン・バスターを打ち放つ。

「くっ!」

2人は真正面から砲撃を受け止めなければいけなくなった。元から「当たらなければどうと言うことはない」という思想で戦闘をしている2人にとっては大きな失敗だった。特にフェイトは最初から全快ではなかった魔力が更に1/3ほど削られ半分を下回ってしまう。
ちなみに巻き添えを食らったユーノは身動き一つ取れないまま、活動を停止した暴走体の葉っぱの中に放物線を描いて埋もれた。
凄まじい勢いで魔力を削り取っていく攻撃に耐えきれず、フェイトは直進を止めて横軌道に切り替える。こうして接近を防ぎつつ砲撃戦に持ち込むというなのはの狙いは果たされたかに見えた。

「っがぁあああああああああ!!!」
「!」

しかしアルフは予想に反し避けることなく、それどころが更なる加速を行った。魔力の濁流に立ち向かうことは元々多くないアルフの魔力を危険値まで減らしたが、なのはとの距離を詰めるまでさほど時間はかからない。愚直とも言える行動にはなのはも対処をし損じた。
正面は矛であり楯である砲撃に厚く守られているが、零距離になればそこは以外にも弱点だった。なのはの防御結界は初歩的ながらも常識はずれの魔力を投じることで並大抵ではない強固さを持っていたが、殻の中からは銃を撃てないように斜線上の結界は解除しなければならない。
ディバインバスターを突破したアルフが拳を握りしめた右手を振り上げているのを目にしてなのはは急いで砲撃を中止、結界を組み立てようと試みが、アルフのバリアブレイクの前に数秒と立たず崩壊する。
初めて殴ったなのはの顔面に特別な印象は一切無い。肌は柔らかく、その奥にあるほお骨が硬いだけだった。

「ぐっ!」

脳を揺さぶる衝撃になのはは数歩後ずさり足をよろめかせた。口内に広がる鉄の味は父と組み手をした時以来だが感慨に浸っている暇はない。また殴りかかろうとしているアルフの顔に血を吐き付け、うめき声を上げているうちに腕を砕くつもりで回し蹴りを放つ。軸足が地面を穿ったというのに手応えはあまり感じなかった。とっさに横に跳んだのだろう。アルフは勢いよく近くの街灯に叩きつけられていたが、あまりダメージがありそうには見えなかった。起きあがるのも時間の問題だろう。しかしとどめを刺している余裕はない。

「ふっ……!」

アルフが生み出した隙をフェイトが斜め上後ろから突く。なのはがすんでのところで避けると、たなびいたリボンとスカートの一部がバルディッシュに切り裂かれる。非殺傷設定でも魔力によって形作られているバリアジャケットには有効だった。
千切れた先が魔力に還元され生まれた淡い光を振り下ろされたレイジングハートが霧散させる。振り上げられたバルディッシュが受け止め火花が散った。光の鎌の切っ先はなのはののど元で停止する。高密度に圧縮され擬似的な物質となったバリアジャケットすら苦もなく切断する刃だ。首をかかれれば一撃で戦闘不能もあり得る話だった。
以前の鍔競り合いではなのはが力で勝利したが今は少し具合が違う。それは力と力がぶつかり合って生まれる均衡ではなく、片方が一方的に攻撃し、片方がそれを防ぐ形だった。
こうなるとなのはは力で押し切るという選択肢をとることが出来なかった。僅かでも均衡を崩せば致命傷である。フェイトはそれを承知していたので逆に何とか均衡を崩そうと右に左に力をずらしたがすんでの所で届かない。

「やっぱり結構強いんだ。場慣れしたか、それとも」
「……もう、負けられないから」
「そう、覚悟した、か」

この上後ろからアルフが迫ってきているという危機的な状況であっても、なのはは余裕の態度を崩さなかった。それどころが少しだけ胸に沸き立つ何かがある。それは一種の戦闘への興奮、どんなに冷静を心がけても、それは生物の本能かもしれなかった。

「この感覚、久しぶりかも、ねっ!」

均衡はなのはが自ら崩した。大きくのけぞり地面に手をついたなのはの鼻先を必殺の鎌が掠め、逆立ちをするようにして放った蹴りがフェイトの胸板を蹴り上げる。よろめいたところにもう一つの足で蹴り飛ばし距離を開き、再び地面に足をつくと方向転換してアルフと相対した。勢い任せのアルフの動きはあまりに直線的だったが、常軌を逸脱した速さはそれだけで脅威である。まして捨て身の覚悟となれば、これはどうしようもなくたちが悪い。受け流すにしても限界があるのだ。

「でぇぇえい!!」

拳の速さは疾走と合わさって流石のなのはにも捕らえきれず、防御は完璧とは行かなかった。軌道はずらせたものの胸部を横から殴りつけられたのだ。アルフは腹に膝頭をめり込まされなのはよりはるかに重いダメージを受けたが、少しでもなのはを弱らせるという目的を考えれば戦果は十分だった。

「あっぐ……!」
「ごっ……ふ!」

あまりの衝撃に片脚では持ちこたえられず、なのははアルフともつれ合って地面を転がった。アルフは低く呻いた後、腹を押さえながらすぐにフェイトの元に引く。幾分スピードは落ちていたが、あれだけの衝撃を受けたにしては機敏な動きだといえよう。

なのははいつの間にか口の中に溜まっていた血を吐き捨て、フェイトは静かにバルディッシュを構えた。

戦いは終わる兆しを見せない。しかしいずれ終わりが訪れることもまた確かだった。



――――――――――――――――――――――――――――――



「現地では既に二者による戦闘が開始されている模様!」
「中心となっているロストロギアのクラスはA+、魔導師の一方による砲撃を受け現在は活動を停止していますが、封印はされていない模様です」

一方のアースラ艦内では、戦闘の一部始終が高度な魔法技術によってモニターされていた。数あるロストロギアの中でもかなり強力なジュエルシードの付近で凄まじい戦闘を繰り広げている二人を目の当たりにして、リンディ・ハラオウンも背筋を冷たい物が伝っていくのを感じていた。
まるで山と積み上げられた火薬の周りで火砲を乱発するようなものだ。見ていてこれほど心臓に悪い映像もそうそうない。

「次元干渉型の禁忌物品の周りであんな戦闘……これは益々回収を急がないといけないわね。クロノ・ハラオウン執務官、出られる?」

普段は名前を呼び捨てているところにわざわざ役職をつけて呼ぶのは息子に任務を与える際のリンディのけじめだ。

「転移座標の特定はできてます。命令があればいつでも」
「それじゃクロノ、これより現地ので戦闘行動を停止とロストロギアの回収、両名からの事情聴取を」
「了解です。艦長」

そうやって一通りのやりとりを終えるとリンディは硬く引き締めていた表情を緩めた。決めるところを決めたら必要以上の緊張はさせず、常にゆとりを持って乗員の能力を最大限に引き出すのが彼女の艦長としてのスタンスである。

「気をつけてね〜♪」
「……はい、行ってきます」

クロノは母とは対照的にいつも気を引き締めて全力で任務に当たるタイプなので微妙に噛み合わない面をあったが、リンディが今まで優秀な勤務実績を残している以上彼も苦言することはできない。
笑顔でつまんだハンカチを振る母にペースを乱され戸惑いながら、クロノは艦橋に設けられた転移装置の中に移動する。
最新の魔導情報学によって自働構築された次元魔法がクロノの身体を転移させた。



――――――――――――――――――――――――――――――



レシプロ機を超える速さで空中を乱舞するフェイトをめがけて幾多もの光線が向かう。ほとんどは掠るだけだがいくつか命中弾も生まれ、着実にフェイトの魔力を削っていく。ミッドチルダ基準に照らせばAクラスの威力の砲撃を乱発しているなのはも消費量としては変わらないだろうが、分母が多いなのはとの差はどんどん開いているとフェイトは考えていたし、その考えは当たっていた。どこかで逆転しなければ負ける。
そのために隙を見つけては突撃しバルディッシュを振りかざすのだが、どれもバリアを貫くには至らなかった。

「堅すぎるっ……!」

焦りが募っていくにつれて突撃の頻度が上がり、命中弾の割合も増えていく。

「あうっ!」

今またバリアを貫いたなのはの砲撃がフェイトの肩を突き抜けた。腕全体の感覚を喪失してバルディッシュを離してしまうと、なのははめざとく威力を上げた砲撃を放ってくる。完全に直撃コースだった光線は、助けに向かったアルフが腕を引いてくれたお陰ですんでのところで外れた。運悪く左足の膝から下が犠牲になったが次の砲撃が来る頃にはバルディッシュをつかみ取って再加速する。

「今のでも避けるってどういう、あぁ、あの犬もしつこく邪魔をして……!」

大きく魔力を削った攻撃のあてが外れてなのはは珍しく舌打ちをした。既に三桁に近い砲撃を繰り返しており、これでは魔力の欠乏もあり得るという不安が大きくなっていった。フェイトの弱気の予想に反してなのはも疲労してきているのだ。
状況の変化を誘発するため砲撃を止めると、フェイトも徐々に動きを緩めて停止した。アルフもそれに追従する。
不意に生まれた膠着に辺りから音が消えた。

「これ以上は面倒だね。一気に決めるよ」

なのはの足首に生えていた光の羽を拡大した。機動性を上げたのは接近戦に移行することを意味している。フェイトにとっても短期決戦は望むところだ。というよりそれ以外に選択肢はなく、意識を研ぎ澄ましてバルディッシュを後ろ向き下段に構えた。

「アルフは下がってて」
「……わかったよ」

どうせフェイトの最高速度にはついていけないのだ。アルフは仕方なく勝負の行方を見守ることにした。

「失敗したらジュエルシードを母さんに持って帰ってね」
「負ける時のことなんか考えなくて良いよ。大丈夫、あんなヤツに何か負けないさ」
『I agree』
「……うん」

冷たいはずのバルディッシュは握りしめると温かかった。戦闘中に熱がこもっていただけだと分かっていたが、意味もなく心強くなるのが不思議だった。
合図もなく無言で、二人は同時に飛び出した。相対的に音速を超える勢いで二人の距離が縮まっていく。そして激突まで10mを切った時、二人の間に現れるはずのない乱入者が現れた。

「ストップだ!」
「え?」
「は?」

等と言われても既に距離はゼロになっていて、止まるなんてことは二人の意志でも不可能だった。

「ここでの戦闘は危険すぎるアギグゴアッ!!!?」

逆袈裟に振り抜かれたバルディッシュは乱入者のデバイスをはじき飛ばし刃はモロに腰を突き抜ける。ここまでが「アギ」。同時に逆方向からなのはのレイジングハートが脳天にぶちかまされ乱入者は意識を喪失した。ここが「グゴアッ!?」。
そのあと乱入者はかなりのスピードで落下し、街灯にぶつかった後舗装された道の上に大の字に転がった。頭からだくだくと血が流れ出している。

「……え?」
「……は?」

確かに戦闘は停止した。乱入者、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンの生命も停止しかけていたが。

「……アレ、あなたの仲間?」
「ち、違う」
「うぐぐ……!」
「あ……!」
「動いた?」

混乱した二人に見下ろされた『アレ』は泥酔した酔っぱらいのように左右に揺れながら起きあがった。どう見ても瀕死の重傷だ。フェイトとなのはのダブルアタックを喰らってお花畑の向こう側に向かわなかっただけ彼の実力が推し量れようというものだが、そんな風に褒められることは彼の本意ではないだろう。

「じ、じくうかんりきょく、しつ、む、かん……くろ、の、はら、おうん……はなしを、きか、せて……」

そして再び転倒。今度は気絶してしまったようだった。

「じくうかんりきょくしつむかん?」
(時空管理局だって!?)

聞き慣れない単語に首を傾げたなのはの思念にユーノの念話が割り込んできた。いつの間にやら復活していたフェレットもどきは血の海に沈んだ少年の傍に素早く近付いていく。

(こ、この服は確かに!)
「ち、やっぱ生きてたか……」
(そのセリフについて小一時間問いつめたいところだけどそれどこじゃないよなのは、すぐに戦闘をやめないとまずいことになる!)
「はぁ? この状況で無茶なこと言わないでよ。あっちだってやめる気はない……って!?」

目の前退いたはずのフェイトの姿は残像を残して消えた。なんとか目で追うと今までジュエルシードには目もくれず戦闘をしていたのが嘘のように、一直線にジュエルシードに向かっている。さっきまでの少しの隙が命取りという状況が途切れたことを考えれば当然だが、その変わり身の速さになのはは対処のタイミングを失した。
今からではとてもではないが追いつけない。砲撃の標準を合わせながら進路上にいるユーノに伝える。

「ユーノ君、止めて!」
(え、ちょ、まってぶろっ!!!)

接触と同時にバルディッシュの一振りで軽快に吹き飛ぶユーノ。予想通り何の役にも立たなかったことになのはは舌打ちした。少しぐらい予想を裏切ってくれてもいいというのに。
しかしその願いはなのはに不利な方向ですぐに叶えられた。くるくる回転しながら飛来してきたユーノがレイジングハートにぶつかり僅かに標準をずらしたのだ。

「ああもう、邪魔っ!!!」
(でべろっぱ!!?)

障害物を右手でうち払い再度標準を合わせたころにはフェイトはジュエルシードを回収し、アルフと共に離脱行動に入っていた。逃げに入ったフェイトを捕らえることはさしものなのはにも不可能だ。
吐き出されることなく行き場を失った魔力は少しの間レイジングハートの内部に残留し、消失した。

「目を離したのが失敗だったかな……でもどうしたんだろ、さっきまであんなに戦ってたのが血相変えて……」

答えは血の海に沈んでいる少年と、海面にぷかぷか浮いているフェレットもどきが持っている。
なのはは地面に身体を降ろすとレイジングハートを待機状態に戻し、バリアジャケットを解除した。



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