一番頼りにしていた『夕食おしゃべり』要塞は予想外に早く8時を過ぎた辺りで陥落し『お片づけ手伝い』防衛線は桃子主婦師団の援軍によって突破された。最後の悪あがきとしてジュースを運んでいるが、これも階段を上り終われば終わりだ。懐かしの牛歩戦術を駆使したところで稼げる時間はたかがしれている。初めて巨大な月村邸が羨ましく思えた。
扉の前に着くまで3分。これでも普段の数十倍時間をかけたほうだ。これ以上伸ばしてもあちらから「なのは遅いわよ」とか言って手伝ってくれてしまうに違いなく。

「……」

ごくりと唾を飲み込みドアノブに手をかける。かつてこれほどまでに自分の部屋を恐れたことがあっただろうか。いや、ない。

「お、おまたせ〜」
「まったくなのはの部屋は相変わらずパソコンとかケーブルが鬱陶しいわね。すずか〜、見つかった?」
「見つかるもなにもプロテクトが堅くて何ものぞけないよ。お姉ちゃんのパソコンでも二、三週間必要かなぁこれ」

果たしてそこには家捜しをする二人の姿がありましたとさ。

「ってなにやってんの2人とも!!?」
「なにってそりゃ、なのはがいつまでもフェイトって子のこと話してくれないから」
「自分たちで見つけようとしてるんだけど」
「だからってそう言うことやっちゃだめぇ!」

本棚の本を片っ端から漁っていたアリサとパソコンの前でキーボードを乱打していたすずかを大急ぎで引きはがしベットの上に座らせる。大急ぎで反転してパソコンの電源を落とし、散らばっていた本は適当に棚に突っ込んだ。
さて。

「何でそういうことするかな!?」
「なんでって、親友だし」

便利な言葉だよね親友って!!!
なのはは心の中で泣き叫ぶ。
物理的にばれてまずい情報を残していないのでアリサは放って置いても良かったが、パソコンの中にはフェイトとの戦いを分析したデータなどがある。最近は油断していたからセキュリティも適当になっていて、パスワードの大部分はアリサとすずかの誕生日を足した物だったりするから冷や汗ものだ。
ベットに腰掛けて厳しい顔つきのアリサとにこにこ顔のすずか。一応常識的な反論を試みる。

「だ、だけど部屋とかパソコンの中を勝手に覗かれたくないなぁ、なんて」
「フェイトちゃんって子のこと、話してくれないかな、なのはちゃん」

答えになってない。

「……話してくれるよね」
「うんって言うまで寝かさないわよ」

なのはは折れる以外の選択肢はないなと、直感的に悟ったのであった。

(なのは、魔法のこと話すの?)
(ダメ)

机の上で丸まったまま念話を繋げてくるユーノに即答する。その選択は論外だ。今まで隠し通してきたのはそれなりの覚悟があったわけであって、直感的とか、二人の目が本気だとか、特にすずかの方に生命の危機を感じるとか、そんな理由では到底たりない、気がする。だから今必要なのは2人をなるだけ真実から遠ざけつつも真実味がある言い訳だ。
無茶にも程がある注文だがこれが果たせない場合、想像するだけで抗鬱薬の処方箋を出してもらえそうな私刑を受けるだけである。

「と、友達なんだ。その、ネットで知り合ったんだよ!」
「……アリサちゃん、ちょっとそのバックの中にスタンガン入ってるから取ってくれる?」
「分かった」
「いやいやいやいや嘘じゃないよ嘘じゃないよ!! 見てこの目を、嘘付いてる目じゃないでしょ? 瞳の中の真実だよ?」
「……分かった。私、なのはちゃんを信じるよ」

アリサから受け取ったスタンガンのスイッチに指を置きながら清々しいほどに信じていない笑顔ですずかが言う。スタンガンには『注意! 対大型生物用リミッター解除済み』とか書いてあった。すずかは国語の成績は悪くなかったはずだが。

「外国に住んでる子で、英語の勉強も兼ねてメール交換してたんだけど、今度お父さんの仕事の都合で鳴海市の近くに引っ越してくることになったから顔合わせしようって話になって、それが一ヶ月くらい前の話かな、うん」
「……すずか」
「えい♪」
「qwせdrftgyふじこlp;@:!!!?」

一瞬目の前が真っ白になったかと思えばベットに顔を突っ込んでいた。意識が飛んだのだ。注意書きはどうやら本物だったようだ。とてもありがたくないことに。
というかスタンガンを押しつけられた右腕の感覚がないのが怖い。

「まさかそんなありきたりな理由なはずないわよね。あれだけ隠そうとしてたのに」
「普通の事じゃなくて、それで危ないか怖いか、そういうことなんだよね。何となくわかるよ。なのはちゃんが私たちに黙ってるのって私たちを巻き込まないようにする時だけだから。だけどね……我慢できないこともあるんだよ?」
「ま、待ってよ! 2人ともこの前車の中で『なのはが話してくれるまで待ってる』みたいなこと言ってたじゃ……」

すずかの人差し指がなのはの唇に当てられる。

「なのはちゃんが話したくないことなら話してくれるまで待とうとも思ったよ? でも相手が相手だもん、色々気になっちゃうよ。ね?」

涙が出てくるほど友達思いのセリフだった。でもさっきからスタンガンをヴァチヴァチ唸らせながら詰め寄ってくる絵面のせいで何もかも木っ端微塵だ。

「ど、どういう理屈なのかな」
「そう言う自覚がない辺りが余計不安なんだけどな」
「全面的に同意するわ」
「ほら、アリサちゃんもこう言ってるし、遠慮しないで話して。そうすれば痛い目を見なくて済むから」

半泣きでつばを飲み込む。嘘で誤魔化す策は失敗した。あとは私刑に耐えきり沈黙を守るしかない。どうせ明日からはアースラで厄介になれるのだ。それまでの辛抱である。

(ダメだよ私、スタンガンくらいで2人を危険に巻き込んじゃダメ。ダメ、絶対。覚悟を決めなきゃ!)

それから行われた事情聴取は目を覆いたくなるような壮絶な代物だった。惨劇、といっても語弊ではあるまい。その一々を描写することすら憚られるが、以下のなのはの叫びと効果音だけでその酷さが如実に知れようと思う。

ヴァチヴァチ。
「いやぁあああああああ!」

ビシビシ。
「あぁっん!?」

ドッタンバッタン。
「らめ、らめぇええええええええええええええ!!!」

かくして三十分後、なのはは敗北した。

「魔法かぁ」
「信じられないけど、信じるしかないわね……」

頭をボッバヘッという感じにしてベッドの上に突っ伏すなのはの横でその犯人2人組がしきりに頷きあっていた。拷問と尋問の中間点のようなかろうじて尋問と言える所業の結果、なのはが吐き出したその単語はそこらの大人が聞いても鼻で笑って相手にしない様な物だった。明晰な頭脳と子供特有の思考の柔軟さを併せ持つ2人も初めはそのことが信じられず、なのはがふざけていると勘違いして予備のスタンガンを投入したりした。それでも10分程度で魔法の存在を信じてくれたのはなのはにとって幸運だったと言えよう。あと少し続いていれば天国への階段を軽やかに駆け回るところだったと、なのはは感謝すらしていた。
この拷問、もとい尋問を受けることになったそもそもの原因が魔法であることを考えれば感謝どころが恨んでも恨み足りないはずなのだが、普段明晰ななのはがそれだけ疲弊しているということの現れだった。
口を割ったのは魔法の存在と、フェイトが敵だと言うこと、多次元世界と時空管理局のあたりまで。つまり殆ど全部。ジュエルシードだけはかなり危険な物であるとするだけに留めた。というより全部説明する前に気絶した。

(……なのは、大丈夫?)
(……だいじょばない……)

とは言いつつもなのはが口を割ったのはある程度の計算の上だった。
まず2人は魔法の存在を知ったところで何もできない。これは厳密な意味で”何も”出来ないわけではないが、少なくとも魔法に関係している人間とのコミュニティーがない以上行動範囲が限りなく制限される。戦闘に関わらなければとりあえず実害はない。
また今日一日で大きく変化した状況はなのはの立場を格段に有利にしていた。
管理局という後ろ盾を手に入れたことがそれだ。あの人の良さそうな艦長を利用すれば2人に警護を付けることも可能になった。2人のことだから素直に護衛されてくれるとも思えないので秘密裏におこなう事になるだろうが、これでなのはの唯一と言ってもいい弱点が一気に解決されることになる。
ジュエルシード捜索という観点から見ても管理局の力は有用だ。こういった事件の取り扱いを仕事としているのだからなのは本人よりもうまくジュエルシードを集めてくれるだろう。
そして最大の懸念フェイトも管理局の援護の下、圧倒的に有利な条件で作戦を展開することが出来る。その先に待つのは勝利、それ以外の何物でもないだろう。
つまりよくよく考えたところ、別段魔法のことをバラしても支障がなくなっていた訳だ。むしろ変に周りを嗅ぎ回られることも喧嘩の原因を作ることもなくなるためバラした方が特な面すらあった。

(もっと早く、気付く、べきだった、よ、ね……)

なのはが1日の最後にその日得た情報を整理する習慣をつけていたことが生み出した悲劇である。

「……でもなのはちゃん、具体的に魔法ってどういう事ができるの?」

話が出来るほどになのはが回復したと判断したのか、すずかはなのはの両足を掴んでズルズルと自分たちの傍に引きずり、訊ねた。深刻なダメージを回復するためにこのまま寝てしまいたい気分だったが、それは敵うはずもないので仕方なしに起きあがる。

「どういう事、かぁ。私もまだ詳しい訳じゃないからよく分からないけど、私の場合はビームみたいなのを撃てるかな。こんなの」

ここまで来て隠す必要もなかったので実演してみせることにした。手近にあった四角い消しゴムを手に取り、比較的物が少ない部屋の中心に投げる。同時に左手で消しゴムに狙いをつけギリギリまで威力を落とした魔法を行使すると、細い光の帯が消しゴムを捕らえてはじき飛ばし、壁にぶつかって霧散した。
ころころと転がってすずかの足元で止まった消しゴムには、一部分に熱線で解かされたような穴が空いている。
普段のなのはからすれば遊びにもならない小手先の魔法だったが、初めて魔法を目にする2人には十分すぎるインパクトを与えた。目を丸くする2人を横目に、なのはは説明を加える。

「今のは出来る限り抑えてみたけど、普段の威力だとこの家くらいは簡単に壊せると思うよ。普段は何も壊れないように設定してるけど」
「随分物騒ね……物理法則はどうなってんのよ」
「だから危ないって言ってるんだけど」
「そんな危ないことを、なのはちゃんは一人でなんとかしようとしてたんでしょ」
「そ、それは……だって、2人を巻き込むわけにはいかないし」

顔を伏せて両手の人差し指を付き合わせるなのは。

「それに魔法は魔力がないと使えないんだって。この世界の人間は魔力がないのが普通みたいなんだけど、私は普通じゃないみたいで……だから、私だけでやろうって。
先に謝って置くけどその、2人に秘密にしてたのは、どうしても手伝いたいって言ってくれると思ったからなんだ。そう言ってくれることは凄く嬉しいんだけど、魔法のことは2人じゃどうしようもないと思う……ううん、どうしようもない。
まだ話してなかったけど、私は明日から管理局の所にお世話になって全部を終わらせようと思ってる。凄く自分勝手だって思うかも知れないけど……だけど2人には、私を手伝おうとしないで欲しいの」

魔法のことは話せても、これだけはなのはの譲れないところだった。根本的な信条は別としても、2人には協力して貰うわけにはいかない。体育の成績がどんなによかろうと魔導師の戦いに2人が割り込む余地はないのは厳然たる事実だった。
だが2人の気持ちを考えれば怒って当然だった。親友といって置きながら全部一人で解決しようとする。終わらせようとする。なのはには元々そういう傾向があったし自覚もあったが、その姿勢を改めることは出来なかった。なのはは自分が嫌われることよりも2人が傷付くことの方が万倍辛いと感じてしまう人間だった。
とはいえ嫌われることもまた辛いことだ。なのはは顔を伏せたまま、2人の顔を見ることが出来なかった。こうやって嫌な空気になることが分かり切っていたから秘密を守ってきたのだ。いや、こうなることから逃げてきたと言ってもいいかも知れない。

「……」

どんな言葉が投げつけられるのか。そうやって戦々恐々としていると、

「こんのバカッ!」
「ひゅやぅ!?」

肩を突き飛ばされ仰向けになった上に、アリサがマウントポジションでほっぺを抓り上げてきた。

「このこのこのこのこの!」
「い、いにゃいにょ、いにゃいいにゃいいにゃい〜!」

なのはの顔が伸びる伸びる。

「手伝わないで欲しい〜? 私たちが役に立たないってこと!? はん、なのはも偉くなったもんね!」
「ふぇ、ふぇつにほういうつもりひゃ(べ、別にそういうつもりじゃ)……あうっ!」

アリサは勢いよく指を離した。赤くなった頬を両手でさするなのはを腕を組んで見下す。

「まったく、くっだらないことで遠慮してるんじゃないわよ。うだうだ悩んでる暇があったら最初っから話してくれればよかったの!」
「く、くだらないことって……」

なのはが言葉を返す前にアリサとの間に顔を割り込ませてくるすずか。
何かを諭すような穏やかな表情はなのはの頭の中の煩雑とした感情を全て吹き飛ばしてしまった。

「私たちを心配してくれるのは嬉しい。でもね、私たちが傷付くのが嫌だって言ってくれるみたいに、私たちもなのはちゃんが悩んだりする顔は見たくないの」
「すずか、ちゃん……」
「だから……えいっ!」
「あいひゃひゃひゃひゃ!」

普段はアリサをいさめる役目にいるすずかも、とたんに悪戯っぽく笑ったかと思うと、なのはの胸の上に飛び乗り頬を引っ張った。
少女2人とはいえ仰向けの上にのしかかれれば気管その他が圧迫され息が苦しくなる。

「お、重い……」
「な、なんだとこのぉ〜! すずか、フォーメーションKを行くわよ!」
「らじゃー!」

乙女に体重の話題は、いついかなる状況でも禁忌だ。
事前の打ち合わせはしていなかったが、はっちゃけたテンションの2人にとってはアルファベット一文字でも十分意志疎通が可能だった、K、それすなわちKUSUGURIのK。
すずかはなのはをまたぎ膝でなのはの両手を封じ、アリサは両足でなのはの両足を締め付けた。
そしてなのはの全身を踊る20本の指。喚起される絶妙なくすぐったさ。

「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」
「あふ、は、あはははははははははははは! ご、ごめ、やめっひ、ぁははははははははは!」
「え、なに? 聞こえないよぉ」
「だからっ、くすぐるのぉ、やみゃいははははははは!! ちょ、ちょっとアリサちゃん、どこに手をいれてっあはっははははは!」

それから永遠とも思える時間が過ぎ、やっと2人に解放された時、なのはは息も絶え絶えだった。スタンガンとはまた別の意味で拷問だ。悶えるなのはを押さえつけていた2人もベットの上に寝転がって息を整える。
三人の汗が混じり合い、三人の鼻孔を刺激する。何故かその匂いはなのはの心を落ち着かせた。
しばらく部屋の中を重なり合った呼吸の音が支配した。

「大体ねぇ」

アリサは嘆息する。

「明日からお世話になるって、学校どうすんのよ? もし休むんだとしてもそんなに手伝って欲しくないならノートも取ってあげないんだから」
「そ、それは……」

全くその通りだった。なにも直接ジュエルシードの封印やフェイトとの戦いに参加するだけが手伝いではない。しかし今までは手伝いを必要とするほど大きな問題を抱えたことがなかった。そのツケが今になって回ってきたのだ。
思い悩むなのはに、こつんとアリサの裏拳が飛ぶ。

「だからそう言う一人で悩むのをやめろって言ってるの。なのはは私たちを守ってくれるために魔法使いになった。だけど私たちは直接手伝うことはできない。だから私たちは別の方法でなのはを手伝う。それでいいじゃない」
「そうだよ。遠慮しないで頼ってくれていいんだから」
「アリサ、ちゃん……すずかちゃん……」
「ちょ、ちょっと、変な目で見ないでよ。べ、別にこれくらい親友として当然のことなんだからねっ! だからフェイトの事はきちんと報告しなさいよ」
「知らない内に仲良くなられてたら大変だもんね?」
「そうよ、おちおち寝てもいられな……って違う違う違う!  変なこと言ってんじゃないわよ!」

両手をぶんぶん振り回し飛びかかっていくアリサをくすくす笑いながらあしらっていく様はどこか小悪魔的だ。
でも私はアリサちゃんにもおちょくられるんだから、すずかちゃんには一生勝てないよね。苦笑いを浮かべながらなのはの心は軽い。
最初は叩き潰すことになんの感慨もなかったフェイト達も何度も刃を交える内につっかかりが生まれたし、2人に対して嘘を重ねることは、理屈では分かっていてもユーノでは発散しきれないほどストレスが溜まった。それらがまるで嘘のようになくなっている。これではどんな精神科医もお手上げだろう。

(……いい子達だね)
(当たり前だよ。だからジュエルシードなんて物で壊されたくない)
「可愛い子だったからね〜」
「う、うるさいうるさいうるさい! それ以上訳分かんないこと言うならその口塞いでやる!!!」

決意を新たにするなのはの横で、すずかのからかいは遂にアリサの追跡劇まで発展していた。PC機器で溢れかえる室内を、2人とも持ち前の運動神経で器用に走り回る。

「こら、待ちなさ……うきゃっ!?」
(うわっ!)

とはいえ何事にも限界がある。マウスを踏んでしまったアリサは素っ頓狂な悲鳴を上げながらまるで一昔前の芸人の如く美しく転倒した。途中で手が机の上のユーノ用ベットに引っかかり、

「いたたた……」

ユーノは仰向けになったアリサの胸の上に落下していた。
ピク。
なのはの眉が吊り上がった。せっかく取り払われたむかつきが奇跡のリバウンドを果たす。

「あ、ごめん!」

アリサは動物相手に律儀な謝罪をして、胸の上に、胸の上に、胸のう、え、にいるユーノ(ここ重要)の頭を撫でた。鼻の下を伸ばしきってキュイキュイ鳴き声を上げるユーノ。少し責任を感じたらしいすずかも傍にかけより、ごめんねーと囁きながら胸に、胸に、む、ね、に(ここ重要)抱く。

「……は」

さて、なのはは既にストレスなど超越した感情に支配されていた。人はこれを怒りというのかも知れない。滅多に感情に身を任せないなのはにはよく分からないことだったがあまりにどうでもよかった。
静かに、静かに立ち上がって机の上から待機モードのレイジングハートを取り上げる。そして無言の内に命令を下し、レイジングハートだけをデバイスモードに移行する。

「うわなになに? それも魔法?」
「一体どこから……」

興味津々と言った様子の2人を、今に限ってなのはは完全に無視した。意識を注ぐはユーノのみ。
ほとんど本能で異変に気付いたユーノはすずかの胸から抜け出し部屋からの脱出を試みる。至高の匂いと感触と温かさを兼ね備えた少女のふくらみはあまりに惜しかったが、それでも命には及ばない。悲壮な決意を背負っただけあり、その速さは目にも留まらぬという表現がピッタリなほどだった。
だが今のなのはにその程度、意味を成さなかった。なんの迷いもなくレイジングハートの先端部分でユーノの尻尾を押さえつける。

(ば、ばかな!?)

じたばたと暴れるユーノ。
ああ、滑稽だ。なのはは自分の口の端が吊り上がるのを感じた。

「レイジングハート、変身を強制解除。急げ」
『...Sir,yes sir』

まるでバルディッシュのような軍隊調の返答と共に、レイジングハートは己の演算機能の全てを賭してユーノの変身魔法の解除にかかる。レイジングハートは後にこの時初めて恐怖という感情を知ったとバルディッシュに語ったが、今の彼女にはそんなことを考えるほど機能的余裕はなかった。
ユーノが変身魔法継続の防衛プログラムを張るのは十分に速いと言えた。どの程度速いかといえば、速さだけなら魔導実力テストでS級にも届くかというほど速かった。
およそ一秒間の間に繰り広げられた壮絶な情報戦はコンマ一秒先に解除にかかったレイジングハートに軍配が上がった。レイジングハートがひとまずの安心を得、ユーノが絶望に叩きつけられた瞬間だった。
光と共に崩れるフェレットの身体。そして形成される少年の身体。

「……は?」
「……え?」

2人は目をぱちくりさせながら自分の胸を見下ろし、ユーノを見つめ、そしてまた胸を見下ろしというプロセスを13回繰り返したあと互いに目を見合わせ、計ったように同じタイミングで頷きあった。
すずかがベットの上に転がっていたスタンガンをもう一度装備し、適当な物を見繕い始めたアリサにはなのはからレイジングハートが提供された。
「ありがと」「どういたしまして」。笑顔でレイジングハートを握りしめ、二三度振り回して「うん、いいわね」と頷く。

「さて、とっ」
「死になさい♪」

ユーノの視界に最後に映った光景は、ヴァチヴァチ放電するスタンガンともの凄いスピードで迫るレイジングハートの特大アップ。
きっとお茶の間で放映する時には問答無用でモザイクをかけられるであろう制裁を笑顔で眺めつつ、魔法のことを話して一番良かったことはこの淫獣をこれ以上のさばらさせずに済んだってことかな、となのはは思ったのであった。

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