仇敵の殲滅を心ゆくまで鑑賞したあと、うきうき気分のなのはを現実に引きずり降ろしたのは「魔法のことはお母さんに話すの?」という2人の言葉だった。
今まで秘密にしていたことだけで報復が恐ろしい限りだが、明日から時空管理局にお世話になることも激しい反応が予想された。
桃子は過保護なのだ。何処からか嵐のような反論が予想されるが、本質的には紛れもなく過保護だった。
遅くまで外出するのに怒るのも秘密の行動に怒るのも心配が過ぎているだけだ。怒った時のあの魔王のオーラは生まれついてから備わっていた物と言うしかないだろうが。
親子で殺し殺されの報道が多発する現代では嬉しく思うべきことなのであろうが、この状況では素直に喜ぶことも出来なかい。しかし今さら後に引くわけには行かない以上なのはが桃子の怒りに曝されるのは不可避だった。
無断で出ていくことも考えたがその場合帰ってきた時の対応が恐ろしいことになるのは明白で、桃子にいらぬ心配もさせてしまうため、なのはは勇気を持って事前に説明することを選んだ。
ソファでテレビを鑑賞していた桃子の後ろから語りかける。

「あの、お母さ」
「あらなのは。随分激しかったわね」

その時のなのはの転びっぷりといったら先程のアリサの物とは比べ物にならない程で、桃子が座っていたのとは別のソファを巻き込んで盛大な物音を立てた。

「な、何変なこと言ってるの母さん!」
「恥ずかしがることはないわよ。2人一緒にっていうのは色々と心配だけど。あとちゃんとコンd」
「私分からない! 母さんの言ってること何一つ分からないから!!」

分かってしまったら何かが砕け散る気がした。薄々、なんとなく、おぼろげに想像はついたが精神を集中させて振りはらう。

「それでその、お母さん話があるんだけど」
「話……私、この年で遂にお婆ちゃんかしら」
「そこから離れてよ! そうじゃなくて、その……明日から、っていうか今日の夜から少し家を空けなきゃいけないんだけど」
「……? 真剣な話みたいね」

いつもより少しだけ張りつめた雰囲気を感じて桃子はテレビを消した。なのはは桃子の正面のソファに座る。真剣な話をする時はこのポジションに着くのがこの親子の間の暗黙の了解だった。
それからなのははユーノに巻き込まれてから今日までのことを、魔法の存在をはぐらかしつつ語った。凄く危ないけど価値がある物がこの街に飛び散っていて、でも警察とかは頼りにならない。だから今までは自分で集めていたのだが、協力してくれる人達が現れたのでその人達の所にお世話になる。
以前店に現れた女の子、フェイトとはその危ないけど価値があるものを奪い合う関係だと言うことも話した。
まるっきりの一般人には精神を疑われてしまいそうな話だが桃子は夫を通して少しだけ、そういった常識が通用しない世界があることを知っている。困惑もないではなかったが、我が子が嘘をついていないということだけはすぐに確信することが出来た。

「危ないことだけど、あんな物を放っておくわけにも行かないの。私は一応それだけの力もあるみたいだし……」
「うん」
「守れなかったときの悔しさは……もう味わいたくたくないの。心配、かけちゃうかもしれないけど」
「それは……それはもう、」

桃子は天井を仰いで顔を手で覆った。すぅ、と息を吸い、

「いつだって心配よ。お母さんはお母さんだから、なのはのことが凄く心配。それになのははいつも自分一人で背負っちゃうんだもの」
「……」
「だけどね、なのはがこうやって私に話してくれたってことは、もう私が何を言っても聞いてくれないのよね。アリサちゃんとすずかちゃんにも話したんでしょう?」
「うん」

迷いなく答えたなのはを見て、桃子は深くため息をついた。

「せっかく女の子らしく育てたのに、芯の部分はやっぱり男の子なのねぇ」
「……ごめんなさい」
「謝る事じゃないわ。なのははもともとそういう子だったもの」

なのはをそっと抱きしめて頭をなでる。世界で一番安心できる温かさに包まれてなのはは目を細めた。

「お父さんとお兄ちゃんは、お母さんが説得しといたげる。行ってらっしゃい。後悔だけはしないように」
「……うん」
「ああそうだ、あの子に会うんなら……」

桃子は立ち上がり預金通帳の類をしまっている棚から数枚の紙幣を取り出した。以前フェイトが翠屋に置いていったお釣りである。幸運と思って貰ってしまえばいいその金を、素直に幸運と納得できないのが桃子という女性の性格だった。
人並み以上にお金にうるさい主婦という人種だからこそ道理の通らない金を受け取ることを嫌がるものだ。

「これ、返しておいてくれないかしら」

なのはは誰が見ても戸惑っていると分かるほど微妙な表情でそれを受け取った。



――――――――――――――――――――――――――――――



「どうだった?」
「行ってらっしゃい、だって」
「そっか」

ドアのすぐ前に立っていたアリサは、なのはが答えるなり少し大きめのリュックを手渡した。

「あっちに泊まるんでしょ? 着替えとか洗面道具とかいろいろ入ってるわ」
「あ、ありがとう。あれ? でも服の場所とか分かった?」
「当然よ」

なにがどう当然なのか不可思議だったが、紐を緩めて中を確認してみると確かに持っていこうと思っていた一式は揃っていた。下着も上下4セットが入っている。リュックの口を締めたなのはは、ふと大きな疑問にぶち当たった。
あれ、わたし下着のしまっている場所教えたっけ?

「「そこは親友だし」」
「ほんっと便利な言葉だよね親友って!!」

今度家具の配置を本格的に見直すことを検討する必要があるのではないか。
しかし怒鳴られている当の2人は穏やかな笑みをなのはに向けていた。その暖かな視線になのはは威勢を削がれる。

「ま、頑張って来なさいよ。留守中のことは任せときなさい」
「怪我はしないようにね?」
「……うん」
「はいこれ。使うんでしょ」

なのはは小さく頷いてアリサからレイジングハートを受け取ると、人の形をした肉片にその先端を向けた。レイジングハートは主人の心を汲み取って命令される前に変身魔法をかける。するとどうだろう、肉片は一応フェレットの形になったではないか(ここでビフォーアフターのメロディー)。
こうして変貌を遂げたユーノの尻尾を掴みなのはは部屋を出た。
行ってきます、と2人に告げて。いってらっしゃい、と二人は返し、閉じたドアをしばらく見つめていた。

「いっちゃったわね」
「……そうだね」

アリサは床の上に転がっていた消しゴムを拾い上げ蛍光灯にかざした。種も仕掛けも無い破壊の跡がよく見える。

「魔法なんてものがほんとにあるなんてね。流石に驚いたわ。なのはもつくづくわけわかんないものに首を突っ込むっていうか……あーもう、まだ信じきれない」
「仕方が無いんじゃないかな。それが普通だと思うよ」
「そーいうあんたはどうなのよ」
「私は……結構、大丈夫かな」
「ふ〜ん。やっぱりファンタジーとかSFとか、そういう小説を読んでると心構えとか違ってきたりするの?」

すずか曖昧に笑った。

「うん、そんなところかな」
「そんなところねえ。どっちにしろ私達はやれることをやるだけだけど」

ノート取り、クラスメイトへの説明、プリントの管理。自分達にやれることをリストアップしながら、消しゴムから外した目線を窓の外に向けた。しばらくして、街灯に照らされた親友の後姿が現れる。

なのはは小走りで事前に待ち合わせたとある場所に向かっていた。時間は深夜に片脚を突っ込んでいる。今夜は月が大きいので足元が見えないというほどでもないけれど、今まで外出したことがない時間帯であることが心理的に夜の暗さを深くしていた。
足を縛っていた心残りを振り切った今、未来への道はそれほど暗くはないが、この事件の結末まで見通すことはできていない。特にフェイトのことは霧がかかっているとでも言えばいいのか。
最終的に良い方向に解決できればいいが、一体どういった形で”終える”ことが良いことなのかも分からない。だからまずは、

「まずは叩き潰すしかないよね」

結論としてはお粗末だがひとまずの行動指針として不足はない。それから2人で話すなりして結論を出せばいいだろう。

「……話す?」

話す。人としてもっとも簡単なコミュニケーションの方法。

「そういえばあの子とちゃんと話したことなかったっけ」

しかし例えば何度も言葉を交わしたクラスメイト大多数に比べて、フェイトという人物が自分の心を占める割合は大きな開きがある。あれだけ何度も戦えばこうなったことにも不思議はなかった。これ以上踏み込んでしまえばフェイトは一生記憶から消えることはなくなるだろう。いや、すでに遅いのかも知れない。
それに相手はまがりなりにも犯罪者だ。関われば色々と厄介なことになるのは間違いない。

「ここまで来て手を引いたら後味が悪いもんね。最後まで決着を付けなきゃ」

だとしても後悔するようなことを選択肢に入れたくなかった。



――――――――――――――――――――――――――――――



机に広げられた真っ白な布の上に分解されたバルディッシュの細かなパーツが並べられている。自己修復自己調整の機能を持っているとは言えメンテナンスが欠かせないのは銃器や刃物と大差ないのだ。レイジングハートとの激しい打ち合いは毎回少なからぬ歪みを生んでいたが、近頃はフェイト自身の負傷が酷くろくな調整も出来ていなかった。

「全部終わったら専門家の人に頼んでオーバーホールしてもらったほうがいいかもしれないね」

フェイトは呟くようにバルディッシュに語りかける。もっとも全てが終わった時にバルディッシュと共に居られるほど自由な身分になれる確証はなかったが。
アルフはパーツの一つをメンテナンス用の布で磨きながら何気なく口を開いた。

「それにしてもこれからどう動くんだい? 馬鹿正直に収集するのはまずいし」
「うん。だからこれからはなるべくなのは達と接触しないように動こう。先に見つけられたジュエルシードはそのまま渡して、それ以外だけを収集する」

バルディッシュのコアの調整をしながらフェイトは言った。今まで頑なにジュエルシードを集めてきたフェイトらしからぬ消極的な方針だ。それがフェイトが傷付かない事につながるのならアルフに反対する理由はないが、規定数を集めきれずにプレシアの罰を受けるのもフェイトなのだ。

「それだと言われた数が集まらないんじゃ……」
「だけど正面から戦って勝ち目はないよ。なのはだけでも……勝てなかったんだから、時空管理局も相手にして勝てるわけがない。だったら集められる物から確実に集めて、最後に出来るだけ有利な状況で勝負を付けた方がいい」

時空管理局も敵に回って圧倒的不利に追い込まれたことが、もしかしたら勝てるかもしれないという希望混じりの憶測を無くし、逆にフェイトの頭を冴えわたらせていた。
フェイトは本来聡い。やりようがいくらかあることはなんとなくだが分かっていた。今は形になった作戦ではないが、時間の余裕は出来たのでこれからいくらでも煮詰められる。

「とにかくゆっくり、慎重に行こう」
「フェイトがそう言うなら私は従うけど」
「ありがとう、アルフ」

そうしてまた2人は作業に戻る。かちゃかちゃと音をたてながら汚れを取り除き、それが終わったら次のパーツ。
そのうちアルフはとある事に気付いた。

「そういやフェイト、あいつのことなのはって言うことにしたのかい?」
「え……?」

言われて始めて自覚してフェイトは危うくバルディッシュのコアを取り落としそうになった。
自然に名前で呼んでいた。何故。
いくら考えても理由は分からず、きっと理由なんてないのだと思った。それが嬉しくはなく、かといって不快でもなく、ただ心が大きく波立っているのがまるで他人事のように不思議だった。

inserted by FC2 system